第十話:私はあなたの護衛騎士
公爵様は自分が想像していたよりも命を狙われる機会が多かったようだ。
解毒薬は何種類も常備されていて、今回私が大事に至らなかったのも処置が速かったからだった。
家令ジェラールとしてこの邸を回していたのがアルナルディ公爵様本人だと知り驚いたが、ここまでなんとか無事にご存命だったことに安堵した。幼い頃登城した時に初めてお見かけしたが、綺麗な顔立ちの少年にほのかに恋心を抱いたことは今となっては懐かしい思い出だ。
アルナルディ公爵様の計画を知り、私も協力することに同意した。そのためならば自分が女性として愛されるかどうかなど気にしていたのもどうでもよくなり、リュシエンヌ個人としてお役に立てるのならば尽くす所存だ。
私が貴族婦人として着飾るのも辞めて、邸内では騎士姿でいるようになると、クラリスは頬を染めて目を輝かせていたが、アルナルディ公爵様は怪訝そうな顔をしていた。
真相を明かして以降、公爵様は私と生活を共にするようになっていた。
「リュシエンヌ、なぜそのような格好で過ごすのだ? 君は公爵夫人だが?」
「公爵様をお守りするのが最優先ですし、あのような格好は私には似合いませんから」
「そんなことはない。君はどんな姿でも麗しいが? それと、君は妻だ。私のことは名前で呼んでくれて良い」
「その必要はございませんでしょう? 夫婦生活は送らないとのことだったではないですか。なぜ西棟にいらっしゃるのです?私は自由に過ごしているだけですから、お気になさらず」
「…」
公爵様は唖然といった様子で固まっていたかと思うと、肩を落とし西棟を去っていった。
翌日からはジェラールとして現れ、あれこれと世話を焼いて何かと絡んできた。
(……なぜ、あのようなことを?)
計画は1ヶ月後の建国記念式典で実行する予定でいる。
彼には想いを寄せる相手がいる。ならば、目的達成後には契約妻は不要になる。無事にやり遂げた暁には離婚を申し出るつもりだ。それが最良だろう。
私は彼のお役に立てればそれで良い。私という存在が役に立てたのならそれで良いのだ。
それ以上を望む理由はないのだから……。それまで私がお側に……。
この日は遠乗りがしたいと申し出た。必ずお供に連れて行けと言われていたから声をかけたが、この日現れたのは、ロランだった。
「公爵様じゃないの?」
「執務が滞っておりまして……。本当は、旦那様もお越しになりたがってたのですが……」
ロランは視線をわずかに逸らした。
「ほら、ごらんなさい。あなた一人に押し付けていたからよ」
私の苦言に、ロランは困り笑いしている。
あんなに私の周りをうろついていたというのに、仕事が溜まっているだなんて、何をやっているのか。
(しばらく会っていないのに……)
彼が西棟に来なくなってから一週間が経っていた。
「ロラン、剣は扱えるの?」
「剣はそこまでは……、小刀など護身術程度です。なぜです?」
「貴方の後ろにいる騎士は何?」
「護衛騎士です」
「不要です」
「え⁉ いや、しかし」
続いて、後ろに控えている騎士の一人に声をかける。
「あなた、その剣を渡しなさい」
騎士は言われるがままに剣を自分の身から外す。
私はそれを身に着けた。
「お、奥様⁉」
ロランはずっと狼狽えている。
「あなたたちは、戻ってください。私とロランで出かけます」
騎士たちは指示を受けても、ロランと私を交互に見比べ、動揺しているのか動かなかった。
「しかし、護衛のために用意した騎士で──」
「私が騎士なので、ロランは私が守ります」
「え⁉ いえ!! そうではなくて!!」
「それに、あのものたちは公爵様の騎士ではなくて?」
以前、ジェラールと遠乗りしたときについてきた顔だった。
「ですから、本日の遠乗りのお供にと」
(……そうか、そういうことね。私が側を離れては、公爵様の守りが薄くなってしまうわ)
「……。公爵邸が手薄になるのなら、今日はやめましょう」
「それは!……いけません。──わかりました、私たちで参りましょう! 旦那様も、それを望んでおられます」
「いえ、良いのよ……。公爵邸に戻ります」
「……奥様……」
ロランは何か言いかけたが、それ以上は言えずに俯いた。
「あ、そこのあなた。鍛錬に付き合ってくれる?」
まだ剣を身に着けている騎士に声をかけ、屋敷の方へ歩みを進めた。
彼が来るかと思っていたから、来なかった時のことを想定していなかった。
彼が横にいるならば遠乗りに出ていただろう。
守るべきは彼で、彼の周りを脅かすつもりはなかった。
もし、彼が公爵夫人に護衛をつけようと配慮しようとしなかったら、私はその危うさに気付くことはなかったかもしれない。
(気を引き締めなきゃ……。護るべきは彼よ)
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