第十一話:責任からの解放
この日は建国記念式典のために二人は王都に向かった。
城下町は露店も賑やかで祝い事とあって街は華やいでいた。しかし、かつての繁栄よりは輝きが足りない。国力の衰退が目に見えて現れていることに他ならなかった。
会場には有力な高位貴族が参列していた。直接王家から招待を受けている者も中にはいる。王家にとって逃すことの出来ない社交場だ。ここで生まれる人脈はこれからの国力に繋がる。それは政治を動かしたい有力貴族にとっても同じことだ。派閥争いは相変わらず絶えなかった。
最後に入場することになったアルナルディ公爵夫妻は一際注目を集めた。
「幻の公爵様のお目見えね」
「女性を伴っての参加は珍しいですわね」
「あちらの麗しい方はどなたなのかしら?」
「あまり見たことがないお顔ですわね」
この日の二人は互いの瞳の色を差し色にした衣装を纏っていた。長身の二人はその長い手足によってスタイルの良さを際立たせていた。
「随分と背の高いご婦人ですわね」
「だからかしら?長身の公爵様の横に立っていても遜色ない…、素敵だわ」
公爵という地位だけでなく、最後の入場というだけでも目立つというのに、滅多に見ることが出来ないヴィルジールとほとんど社交をしなかったリュシエンヌは婦人らの注目を一身に集めた。
「リュシエンヌ、不快なことはないかい?」
「ええ。女装でこのような場に立つのは10年ぶりですから、皆さん私のことをもうお忘れのようですし今は大丈夫です。それにしても、貴方といると随分と注目を集めますね」
「いや、こちらの台詞だよ。君といると随分と注目を集めるな。君の隣に立つのに相応しいよう張り切ったよ」
「いえ、それこそこちらの台詞です。貴方の隣に立つのに恥じぬよう頑張らせていただきましたわ」
「だからか……。美しい君に向けられた男の視線が痛い」
「まあ、そんなことはございませんよ?ご婦人らの私を品定めするような視線の方が多いですわ」
「そうか?まあ、何があっても君を守るよ。……だから、その、私の側にいてくれると嬉しい」
「こちらこそ、貴方をお守りするためにお側を離れませんわ」
(……ああ。君にとってはそれが当然のことなんだろう。……それでも、私はとても嬉しい……)
ヴィルジールは仄かに灯った心を感じ、目を細めた。
仲睦まじい様子に周囲は感嘆をあげていたが、当の本人たちは互いに同じ言葉を口にしながら、その意味はすれ違っていた。
そうこうしていると、王家の入場となった。王太子と王太子妃が先に現れ玉座の横に待機すると最後に王と王妃が玉座に腰掛けた。
「静粛に。会に先立ちまして国王陛下より御言葉がございます」
「王家に動きのある年となった。第三王女が国を越えて結婚し王族が減少する中、アルナルディ公爵の結婚というめでたい知らせも聞いている。これが我が国の転換期となるであろう。儂はそうであると期待している」
この国王の言葉には一部の者たちが反応を示した。
(公爵様の結婚が国の転換?彼にいったい何を期待しているというの?)
リュシエンヌが隣に立つヴィルジールの顔を窺えば、彼は微かに眉根を寄せて不快感を見せていた。
(あの人は己の保身しか考えないのだな……)
リュシエンヌの視線に気がついたヴィルジールは、リュシエンヌに顔を向けると先ほどの自分の表情を見た彼女に、心配かけさせたかと困ったように微笑んだ。
そして、国王の言葉に最も反応を示したのは王妃と王太子だった。王妃は手に持つ扇を力いっぱい握りしめ、王太子はギリギリと歯を食いしばっている。
(あの方は変わらないわね……)
リュシエンヌはそんな王太子を確認すると一つ息を吐いた。
場内は国王の言葉でざわざわとざわめきだした。
二人は様々な視線を集めたことで警戒した。
リュシエンヌはちらりとヴィルジールを見上げる。
(さすがね。もう表情に出ていらっしゃらないわ)
注目を浴びることには慣れているのだろう。ヴィルジールは外面を作っていた。
国王の言葉は終わり、会は歓談時間へと移っていった。この間にそれぞれ国王に挨拶を行うが、家格が高い者から行われる。
アルナルディ公爵が最初に向かうべきなのだが、この日はそうもいかなかった。先ほどの国王の発言を受けて、二人の周りに人だかりができてしまったからだ。
アルナルディ公爵とつながりを持ちたい貴族らは我先にと近づいてくる。それらを軽くあしらいながら二人は少しずつ玉座へと近づいていった。
それに対し、不快感を露わにしていたのが王太子だった。歯を食いしばるだけでなく、膝の上の拳も震えている。しかし、何かに気付いたのか、ちらりと王太子妃を見やる。再び二人の方に目を向けるとにやりと口角を上げた。
時間はかかったが、二人は玉座の前までやってきた。
ヴィルジールは片膝をつき片腕を腰の後ろに、もう片方の腕は胸の前に置く。
リュシエンヌはカテーシーをもって、低頭した。
「陛下にご挨拶申し上げます」
「面を上げよ。アルナルディ公爵、そして夫人。二人の結婚をめでたく思う。そして、本日は建国記念日だ。そなたらの末永い発展に期待したい」
「……ありがたきお言葉です」
二人は立ち上がると一礼した。
すると王太子が席を立ちあがった。
「随分と美しい女性をお連れだな、公爵」
王太子の不躾な発言に、ヴィルジールは頬をぴくりとひきつらせた。
「そこのご婦人よ。見ぬ顔だな。この国にはまだこんなにも美しい女性がいたとは」
これにはリュシエンヌの頬がぴくりと動く。
「そこの公爵の横ではなく、私の横に座らぬか?お前は華がある。お前こそが妃に相応しい」
今度は王太子妃の頬がぴくりと動いた。
三人の視線は睨みつけるように王太子へと向いた。
このころには玉座での異変に気付いた会場内が静まり返っていた。
「聞いているのか?私が話しかけているのだぞ?私の横に置いてやろう。こちらへ来い」
王妃は目を見開いていきその様子を見ていたが、その顔色は悪かった。
国王はすべてを承知したうえで、その場を見下ろしていた。
話しかけられている自分に任されているのだと判断したリュシエンヌはようやく応えた。
「あなたは一度、私を排除されているのですよ? お忘れでしょうか?」
「排除だと?」
「ええ。背が高いからという理由で、あなたの妃候補からお外しになったのはあなたですよ? 殿下」
「……え?」
リュシエンヌは口角を上げると、再度告げた。
「あなたが5人の妃候補の中から真っ先にお外しになった、ギルメット伯爵令嬢リュシエンヌでございますわ」
その名を聞いた瞬間、王太子はのけぞった。
「んな、な、お、お前があの『女装令嬢』だと⁉」
(女装令嬢……、そのように認識されていたの……)
着飾った姿が似合ってなかったと言われたようで、リュシエンヌはわずかに視線を落とした。
「し、しかし。今では男性の横に立っても見劣りしないではないか。……なるほどな。あれは幼き頃だった。女は成長が早いというし、己の成長も見越しておけばよかったのだ。今ならば問題ない」
(……何を言っているの、あの人は)
王太子はなにやら呟いていたが、漏れ聞こえた言葉にリュシエンヌは鼻で笑った。
「それに、隣に立つは従兄弟だ。見た目はほぼ同じだろう?ならば私でもいいじゃないか」
まだ呟き続ける、見上げた先の王太子に、リュシエンヌは告げた。
「私に来いと仰る前に、あなたがそちらから降りてこられたらいかがですか?殿下」
「ああ。では、近くでお前を見定めてやろう」
その声音には、かつて彼女を選別した時と同じ軽さがあった。
王太子は階上の席から離れると、一段一段降りていく。
そして、最下まで来たときに、認識の過ちに気付くのだった。
「え……?」
そこには、王太子を見下ろす、アルナルディ公爵夫妻の姿があった。
「私が輝いて見えたのは、公爵様のお隣だからですわ」
リュシエンヌは横にいるヴィルジールをわずかに見上げると微笑む。
それに応えるように、ヴィルジールはリュシエンヌの腰を支えるとそっと引き寄せた。
二人並んだ美しい立ち姿に、場内からため息が漏れた。
そのざわめきを止めたのは、王太子妃の声だった。
「もう、お見苦しいお姿をさらすのはやめたらいかがですか」
「……んな、なんだと⁉」
妻からの苦言に不快感を露わにする王太子。
王太子妃はゆっくりと立ち上がる。
「もう一度申し上げましょうか?おやめください」
王太子妃に毅然と伝えられた言葉に、王太子は怯む。
「ここまで耐えてきましたが、もう限界です。──この国も限界ですわ」
「な、なにを言い出すのです!貴女……、ご自分のお立場をおわかりになってますの⁉」
すかさず王妃が口を出す。
「ええ、王太子妃です!ですが、それもここまでですわ」
「この王家にも限界ですわ。だから、国が衰退していくのが目に見えています」
リュシエンヌとヴィルジールもまた王太子妃の言葉に耳を傾ける。
「ご自身の尊厳のため、不利になるものを排除して、地位を維持なさろうとするお姿は愚かであるほかありません。何かご自身で努力をなさいましたか?護衛騎士でさえ、貴方より剣術の劣るものを配置するなどありえません。私の護衛騎士が貴方の騎士の後始末を何度したことか」
これにはヴィルジールが唖然としていた。
「すべてお膳立てがなければ遂行できないのでは、国を動かすなどできるわけもありませんわ」
日頃、一切主張のない王太子妃の発言に、一同の視線が突き刺さる。
「もう、うんざりですの。私を蔑んでおられましたが、私はこの地位を選んでここにいるわけではないのですよ。仕方なくここにいるのです」
その声はわずかに震えている。
「選抜された王太子妃教育、その中でも最も優秀な成績をお残しになったリュシエンヌ様を、自分より背が高いからという理由で排除なさった王太子殿下。──ご存じでした?それでほかの候補者はあなたを見限ったのですよ。媚びるに及ばない男だと。私は残ってしまったのです。それしか私には道がなかったから……。他に候補者がいなかったから仕方なく私が王太子妃に選ばれたのですよ」
「私はあの5名の中では最も劣っていたでしょう。ですが、少なからず貴方よりは劣っていないのです。なぜなら、貴方が至らないがために、国王により国内から選抜された優秀な5名だったのですから。貴方を支え、国を支えるために集められた特別な5名だった」
王太子妃の選定の裏が明かされた。
「私は本日、この場をもって、王太子妃を辞します」
王太子妃は高らかに宣言した。
「な、なにを勝手な!」
「許可する!」
王妃がかみつくのと同時に、国王はそれを許可した。
「へ、陛下⁉」
「行くがよい」
国王はあっさりと王太子妃に退出を許可し、それを受けた王太子妃は階下へ歩みを進めた。
王太子には見向きもせず、リュシエンヌに近づいていく。
「殿下、貴女は選ばれたのですよ。貴女だったからお務めになれた」
「いいのよ、リュシエンヌ。もう、限界なの。貴女がいたから……、私は頑張れただけ……。今まで共にいてくれてありがとう」
その言葉には、言い表せないほどの安堵が滲んでいた。
「マリレーヌ様……」
王太子妃の任を解かれ、名を取り戻した婦人は、前を見据えリュシエンヌの横を通り過ぎる。
その先では、重い扉が開かれていた。




