第二話:こんな私なんて……
愛されることなど期待していなかったといえば嘘になる。結婚してしまえば愛は育めるのではないかとも思ったのに、公爵様は愛を望んではいなかった。そもそも私という存在も望んでいなかった。
(まあ、そうでしょうね……)
私には、傲慢令嬢との異名があるのだから。
十二の時にしたお見合いは、『背が高い』という理由で断られた。
十五のデビュタントでは、当時の婚約者に言われた。
『こんな体格も態度も大きな女なんか愛せるわけもない』
この告げられた言葉に尾ひれがついた噂が広まった。
『傲慢で、人を見下す令嬢』
『気に入らなければ暴力を振るう女』
こんな事実はなかったのに……。
広がり続けていく噂から逃げるように、私は社交界から姿を消した。
──必要なのは、名前だけ。
私の価値はそれだけだった。私に婚約を申し込む理由としては十分だろう。
これはもう、納得するしかない。
目覚めて現実を目の前にする。
シワシワのドレスを纏った、髪もボサボサで、化粧が崩れた私の姿が鏡に映っている。
目尻にはうっすらと涙の跡が残っていた。
(私としたことが、泣いたのね……)
「お目覚めですか?奥様」
「……あなた、たしか」
「はい、クラリスでございます。奥様の侍女を務めさせていただきます」
にこりと笑うその顔は、幼さが残る。
あまりにもタイミングよく入ってきたクラリス。
私の動く気配を感じたのだろうか? もしかしたらずっと待機していてくれたのかもしれない。
「お休みになれましたか? 全てそのままでしたから、まずはお着替えをなさいますか? いつでも入れるように湯も張ってございますよ?」
穏やかに話す様子から、昨日のような緊張はもう見えない。
「お腹は空いてますか? もし空き過ぎているようでしたら、まずは軽食をお持ちしましょうか?」
クラリスはとても献身的に対応してくれている。純粋に私に対して気遣い、仕事をしているようにも思えた。
「では、湯浴みをするわ。化粧も落としたいの」
私の応えにクラリスはぱあっと笑顔を輝かせた。
「かしこまりました。お食事のご希望はございますか? 身支度が整いましたら何かお召し上がりになった方がよろしいかと思いますので」
「私は特にこだわりはないわ。お腹も空いているからお任せします」
「かしこまりました。公爵邸の料理人は一流ですよ。私たちの賄いも作ってくれるのですが、とても美味なのです」
(まあ、よく喋ること……)
(私が寝ている間に何かあったのかしら?)
ドレスを脱がされながら、視線を感じた。
「……奥様、なんてお綺麗なんでしょう……」
(?)
思ったことを口に出すのも彼女の素直さ故なのか、目を輝かせながら裸体を見つめられるなんて、なんともこそばゆい。
「そんなことないわ。私はただ……長いだけよ。手足だけじゃなく、全部」
クラリスは首をブンブンとふる。
「そんなことありません!すらりとしていて、とても素敵で──」
「もういいのよ」
食い気味に返したことばが部屋に響き渡った。
クラリスの肩がぴくりと小さく揺れた。
この体が好かれたことなんてない。
家格も、年齢も、顔かたちだって悪くはないはず。それらは至って普通なはずなのにただ背が高すぎただけ。これが私にとって何よりもコンプレックスでしかなかった。
「……普通がいいわ。普通で」
自分の切れ長の目元も、通った鼻筋も好きではない。
クラリスのようなクリっとした目元にこじんまりした鼻が可愛らしく見えて仕方ない。
「煽てても、なにもしてあげられないわよ」
クラリスはあれから少し口数が減った。
私に対する褒め言葉は、今は何も響かない。
「クラリス、食事はどちらで?」
「西棟にございます食堂で召し上がるか、お部屋で召し上がるかになりますが、どちらがよろしいですか?」
「食堂は西棟側にあるの?」
「はい。東棟にも同じものがございますので、それぞれの棟で生活が完結するようになっておりますよ」
「同じ造りということ?」
「はい。旦那様は今は東棟でお過ごしです」
(私は西棟で過ごすように言われているってことは……会うことはないのね)
この日は食堂を選んだ。当然一人での食事だった。これだったら部屋で摂っても同じだ。
クラリスの言ったように、すべての料理の味付けは上級だっただろう。でも今の私にはまったくそれを感じることがなかった。
部屋に戻ると寝間着に着替えた。この夜の為に私が持参したものだった。
本来ならば初夜のはずなのに、この装いを披露する場もないなんて。
(こんなはずじゃ、なかったのに……)
クラリスも状況を把握しているため、支度を終えると申し訳なさそうに退室していった。
(新妻が独り寝をすることがわかっているのよ。あんな顔になるわよね……)
窓の外の月を眺めながら、私はゆっくりと目を閉じた。
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