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帝が去った地下道は、静まり返っていた。周囲にいた役人や敦矢もおらず、雪花と春陽は二人きりだった。
「終わったな」
「……はい」
一連の騒動が落ち着き、雪花は長く息を吐いた。
地下道の至る所には、雪花が放ったであろう氷の破片が落ちている。
誰も怪我をせずにすんだ安心感と同時に、得た情報の量の多さで胸がもやもやする。雪花はそっとしゃがみ込み、落ちている氷の破片に触れた。
「わたくしは自分の力のことも、お母さまのことも何も知りませんでした…… いえ、知ろうとしなかった。恐怖を理由に調べようともしませんでした。知っていたならば、上手く対処できていたこともあったでしょうに。私は臆病者ですね」
情報がうまく飲み込めない。
自分の母親は妖だったということ、自分がその力を持っているということ。
初めて知った事実を飲み込むには、時間が必要だった。
だが、心のどこかで安堵している自分もいた。
自分の持つ力は呪いでもなんでもない、母から授けられたものだということ。だから、母の亡くなった夜から発動したということ。
そう考えれば辻褄が合った。
(お母さまからの、力……)
雪花は自分の手のひらを見つめた。母から受け継いだ力はあまりにも自分には重く、扱えない。母は幼い雪花の前で泣いたり笑ったりしていたが、今の雪花みたいに力を発動させてはいなかったはずだ。
もっと知っていれば。
きちんと向き合っていれば。
もっと生きやすかったのかもしれないのに。
人を傷付けないために感情を抑えていたつもりでいたが、結局は自分のための行動だったと今更気付く。
知るのが怖い、という自分勝手な感情を優先させていたのだ。
考え込む雪花の肩に、春陽の手が触れた。
顔を上げれば、穏やかな目と視線がぶつかる。
「あなたが無事で良かった。そして助かった」
頬を撫でる春陽の手は温かかった。春陽の手に雪花の涙が落ちていく。
「雪花」
甘やかに、とろけるような声に雪花は思わず目を見開いた。そしてそのまま、大きな腕に包まれる。
「さっきも言ったはずだ。私は雪花に助けられた」
「……」
「自分の持つ力に驚くことも多いだろう。だが、あなたの力は悪いものではない。人を救うことだってできる。さっきの私みたいにな」
「春陽さま……」
「あなたの持つその力は、雪の妖の力。あなたの母上は確かに妖、雪女だった。そして、お亡くなりになる前にあなたに強力な力を分け与えた」
「……っお母さまが」
「強すぎる妖の力は制御ができなくなることもよくあるそうだ」
「そんなことが……」
「天華国には強弱はあるが、妖の血を持って生きている人がいることは確かだ。皆それを隠して生きている」
「……」
「私はそんな国を変えたい」
「国を、変える……」
「だから私は兄上を帝の位から落とそうとした。妖の力は時には扱いが難しくなる時があるかもしれない。だが、上手く向き合えば普通に暮らせるはずだ。さらに、人を助けることだってできるはずだ。妖の血を持っているからといって辛い思いをしながら生きている人を減らしたい。幸せにこの国で生きて欲しい。雪花、それはあなたもだ」
「私が、幸せに……でも、どうやって」
「だから、あなたは私の隣にいて欲しい」
春陽の言い分は理解したつもりだ。しかし、雪花が幸せになるために、春陽の隣にいて欲しいとはどういうことなのか。雪花は首を傾げた。
「私なら、雪花の力を抑えられる」
「……え?」
雪花は目を丸くした。春陽が、自分の力を抑える?理解が追いつかない。
「気づいていなかったのか? 私の前では泣いても涙は氷の粒にならないし、笑んでも冷たい空気は一瞬で消え去っていただろう?」
今まで偶然だと思い込んでいたが、確かにそうかもしれない。
春陽の前ではしたなく泣いても涙は流れるし、笑っても何も起きなかった。
雪花は目をぱちくりさせて春陽を見た。
「実は私も、妖の血を受け継いでいたようでな」
「え? 春陽さまも……」
立て続けに言われる衝撃的な話に、雪花は頭に穴が空きそうになった。だが、理解しようと必死に頭を動かす。
「私は妖狐の血を持っている。妖狐の持つ狐火は氷を溶かす力があるようで。だから、雪花の氷の力を抑えることができる」
「私も妖の血のことは最近知ったんだがな」と苦笑いする春陽に、雪花は胸の中から込み上げてくるものを感じた。
そして春陽は顔つきを変え、しっかり雪花を抱きしめ直した。
「だから雪花は私の隣にいれば、笑うことも泣くことも怒ることもできる。いろんな表情を見せて欲しい。雪花の気持ちを教えて欲しい。もし、力が出過ぎてしまいそうな時は私が止めよう。そして、国の頂に立つことになる私を支えて欲しい。もちろん、私も全力であなたを守ると誓う」
「……本当にわたくしでよろしいのですか?」
「雪花が良い。あなたとなら、この国も、お互いの力も導ける気がする。誰かの為を思って動ける優しいあなたに、私は強く惹かれていた。私の妻になって欲しい」
つ、と頬に涙が滑り落ちた。
とめどなく流れる涙は冷気はないし、氷の粒に変化することもない。とても温かくて、優しいものだった。
凍りついていた心が、静かに溶けていくのを感じた。
孤独だった長い冬が終わった先には、暖かい春が来る。
一人ではきっと足がすくんで動けなくなってしまうだろう。
でも、この人となら――
「わたくしも、許されるのであれば春陽さまのおそばにいたいです」
雪花は心の底からの笑みを、春陽に向けた。
氷で閉ざされていた心に、静かに、だけど確実に春の日差しが差し込んだのだった。




