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 ずっと比較されてきた。

 美しい顔立ちと平凡な顔。

 すらりと上背のある体躯とふくよかな身体つき。

 聡明さが滲み出る瞳と漆黒の瞳。

 父親が同じだというのに全く違う兄弟。

 それが自分と春陽だった。


 自分の方が年上で、正室の子だから父の後を継いで国の頂に立つというのに、周囲が興味を持ち、もてはやしたのは弟の春陽だった。

 父は正室である母にも、側室である春陽の母親にも子にも愛情は注いでいた。だが、なんとなく愛が側室に偏っていたのは子どもながらに感じてとれた。


 ――面白くない。


 嫉妬だ。何もかも恵まれている春陽への。

 真っ黒い感情が常に心の中に渦巻き、幼い頃から春陽を良く思っていなかった。


 人懐っこい春陽は、「兄上」と笑顔で寄って来たが、話しかけられても無視をしたり、極力会わないように仕組んだりするのが日常茶飯事。それでも毎度笑みを向けてくる弟に対し嫌気がさす日々だった。


 それは自分が八歳、春陽が五歳のある夜のことだった。

 隣で眠る母の呻き声で目が覚めた。飛び起き横を見れば、汗をかいて苦しそうにする母がいる。

 驚いて、誰かを呼ぼうと回廊を進むと、異様な色の明かりが揺らぐ部屋があった。

 障子越しに青いような水色のようなぼんやりとした光がゆらゆらと動いている。


(あれはなんだ?)


 母の心配はもちろんあった。しかし、一度見たら目が離せなくなる光に身体が自然と吸い寄せられていった。


(温かい……)


 好奇心に負けて襖に手をかけた時、ほんのり熱が伝わった。だが、嫌な感じはせず、むしろ何かに包み込まれているようなぬくもりを感じる不思議な感覚。

 襖をそっと開き部屋をのぞいた春真は、思わず大声をあげそうになった。

 冷や汗が背中をつたい、流れていく。襖に触れる手が小刻みに揺れ始め、身体全体が恐怖で支配されていく。


 部屋の中にいたのは、布団で寝ている幼い春陽と、布団の横に座り春陽の頭を撫でる母親だった。

 母親は優しい顔つきで春陽を見る。しかし、その手からは青白い炎が放たれ、炎が春陽を包み込んでいた。


(も、燃えている……)


 不思議だったのは、全身炎で包まれているはずなのに、春陽の眠る顔が穏やかなところ。それに、肌が焼ける跡も見られない。あんなに燃やされていれば熱くて泣き出すはずなのに、そんな素振りは一切なかった。

 恐怖で逃げ出したくても、思うように身体が動かない。ただ震えることしかできない春真に気付くこともなく、春陽の母親は眠る彼に優しく声をかけていた。


「あなたに私の力を授けるわ。春の日差しのように温かい人になるのよ、春陽」


(力……力とはなんのことだ?)


 震える身体をなんとか抑えながら言葉の意味を考える。力とはなんのことだろう。なぜ、青白い炎に包まれていたのだろう。初めて見た青い炎の正体は何なのだろう。

 自問自答しても答えは出なかった。

 春真は後退りしながらその場を離れ、父の元に急いだ。

 その異様さ、恐怖を伝えたくて。

 普段おおらかな父に目の前で起きたことを話せば、「そうか」と呟き、それで終わった。

 まるで、春陽の母親の力を知っていたかのような反応。


「ち、父上……! あれは異常ですっ! あの母親は普通の人ではありません……!」


「春真」


「は、はい」


「今夜見たことは忘れろ」


「……」


「いいな?」


 初めて見た父の鋭い目つきに、何も言い返せなかった。


 自分の感じた恐怖を分かってもらえなかった悲しさ。異常な親子だと知っていながら春陽たちに愛情を注いでいた憎さ。それが春真の心に溢れて闇を作った。

 春陽に対してより冷たく接したし、父に対してもそっけなくなった。

 春陽の母親についても調べ尽くしたが、手掛かりになるものがなにもない。


 状況が動いたのは、父が亡くなり自分が帝になった時だった。

 まず、帝になってすぐに春陽を隣国へ遊学させた。目障りな弟を手放せて心は晴れ渡る。そして、代々帝が受け継ぐ『天華国史書』をパラパラとめくっていた時にたまたま目にした文章。


『かつては妖がすべる国なり。妖は人の姿を取り、見分けることは叶わぬが、特殊な能力を持つ』


「……だからか」


 そこでようやく幼い時からの靄が晴れた気がした。


「やはりあれは妖の力……人に紛れ、ああして力を授けるのか」


 事実を知ればやることは一つ。


「……妖という存在は私にとって害悪なもの。排除せねばならん」


 直接害があったわけではない。

 しかし、幼い頃からの蓄積された怒りの矛先が奴らに向いてしまっただけ。


「ふっ、今に見ていろ」


 邪魔なものを全て排除する。忌々しい弟のように――この国から全て。



 


 それなのにこの有様はなんだ。


「……これで証拠は出揃いました」


 静かに言い放つ春陽に、顔を歪めた。

 ほんの一瞬、意識を失い、まるで操り人形のようになったかと思えば、戻った途端にこちらを睨む弟。


「……隣国にいる時に敦矢殿から連絡を受けたのです。あなたの非道な政を。このままでは国が滅ぶと。だから私は帰ってきた」


「なに?」


「そして今日まで、あなたを陥れるための証拠を集めていた。ずっと我慢していた。あなたの横暴な振る舞いを。だが、さっき雪花殿に聞いた夕凪殿の件で証拠は出揃った」


「……」


「既に宮の外は私の手の者で固めています」


「そんなはずはっ」


「民の生活をよくするための権限を私欲のままに使い、国を傾かせかけた罪は重い。それに、害がない人たちを殺めた罪も償ってもらう」


「うるさいっ! お前にはどうすることもっ……!」


「敦矢殿」


 春陽が叫ぶと、春陽の背後からゆっくりと初老の男性が現れた。その手には巻物が握られている。


「主上、あなたはもうおしまいです。あなたの政では国は近いうちに滅びるでしょう」


「はっ、敦矢、お前のような重鎮がしっかりしないからこんなことになってるんだぞ?!」


 最後の悪足掻きでぐちぐちと言葉を連ねてみる。だが、ここまでくれば結果なんて決まったも同然だった。


「これにより、主上の数々の悪事が判明致した。よって天華国国政法を基に、皇帝位を剥奪。闇妖軍も解散とする」


 静かな場に敦矢の低い声が響く。彼の背後には、春陽が手配した役人たちが刀を構えて大勢待機していた。


「ただいまからその地位は弟君である春陽殿に受け渡すこととする」


「ば、馬鹿な……!」


 動き出す前に、役人たちに囲まれた。そして奴らは、雪花を追っていた役人たちの身柄を拘束しはじめた。

 そしていつのまにか自分の腕も自由が効かなくなっていた。

 春陽は、雪花から一度離れると、目の前までやってきて顔を覗き込む。


「兄上、何もかもやり過ぎだったのですよ。あなたは私欲に走りすぎた」


「……っくそ、こんなはずじゃ。やはり、あいつのような妖がそばに居れば不幸になる! そんな奴ら滅ぼして当然だ!」


 ぎりぎりと血が出そうなほど歯を食いしばる。

 妖の力を持つ女を庇おうとするのは、憎い相手である弟。


 弟と妖。


 自分にとって憎らしい物が今目の前に並び、怒りでおかしくなりそうだった。

 さらにこれまでやってきたことを全て調べ上げられて、帝の位置から引き摺り下ろされるという屈辱。

 頭がかち割れそうだった。


「この……!」


 怒りで身体が熱くなり、震え出す。

 拘束されて自由を奪われた怒りも重なっていく。


「連れて行け」


 弟はもうこちらを一切見なかった。

 化け物の女のことを気遣い、こちらに背を向ける。

 いや、違う。

 気が付けば、誰も自分を憐れむ人などいなかったのだ。

 敦矢も役人も弟も。まるで自分は空気のようで、いくら低い声で騒いでも誰も気に留めていない様子だった。


(私はただ、国に立つ者として…… いや、私は何をしたかったのだろう)


 父から受け継いだ地位で何をしたかったのだろう。

 誰にも気にされないのは慣れていたはず。今までそれに対して怒りしか湧いてこなかった。

 自分を見て欲しい、自分の凄さを分からせたい、と。

 だから自分の権力を見せつけるようにしていたが、その結果がこの様だ。

 力が抜けていく。


(私は弟に、勝ちたかっただけ、なのか…… )


 そうであれば、もう結果は目に見えている。


「私の国が…… では私は、この国で何を成したというのだろう……」


 春真はぼやきながら、連行されて行く。

 ふと視界の端に、突き刺さった氷の刃が映った。

 それはあの日に見た青白い炎と同じ色だった。

 春真ら抗う気力もなく、ただ足を引きずられるまま、暗がりの奥へと消えていった。

 

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