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 過去を語る雪花の目には涙が浮かんでいた。

 予想を遥かに超えた彼女の生い立ちに、春陽は息が吸いづらくなった。


 両親を殺され、感情の自由を奪われた雪花はどれほど生きづらかっただろう。

 それなのに、心を殺して女の園で生きていた。嫌味を言われても、ほっとかれても大きく取り乱すことなく、大問題に発展することもなく。今までの彼女の努力は、背景を知らない者からすれば気付けないが、相当なものだったに違いない。


(氷の力、か……)


 初めて聞いた話。にわかに信じがたいが、春陽は何度かこの目で雪花の力が発動しているであろう場面を目撃していたから疑うことはなかった。


 冷たい風が吹き、氷に覆われる世界。それは神秘的で美しくもあるが、同時に冷たさで人の命までも奪ってしまいそうで、危険だとも思う。


(両親を失った衝撃で力が働くようになったのか? いや、それだけでは弱いな)


 顎に手を当て、頭の中の記憶や知識を次々と引っ張り出していく。しかし、ぴんとくるものはなかった。


「その当時、他に変わったことや言われたことは?」


 問うてみれば、雪花は大きく首を傾けた。


「……申し訳ございません。記憶が曖昧で……」


「そうか」


(これは、色々と調べる必要があるな)


 春陽の目に力が宿った。

 いつも表情を崩さず凛とした雪花だが、本当は儚くて弱い。誰にも気付かれないように一人で傷付き、堪えている。

 本来なら彼女の本当の姿を知り、守るべき立場である兄も、きっとこのことは知らないだろう。知らずしてのあの態度を考えれば、春陽は頭に血が昇りそうだった。


 こんなにも周囲を考え、自分を犠牲にできる優しい人。

 彼女を守りたい。救いたい。

 そんな気持ちが芽生え、春陽の中で大きくなっていく。

 あぁ、そうか。

 知らず知らずのうちに自分は雪花に惹かれていたのか。

 春陽は不安そうな顔をする雪花の膝に乗せられた手を優しく握った。固く握られていた手からふ、と力が抜けるのが分かる。


「少し時間をもらえないだろうか?」


「時間……ですか?」 


「この件に関して少し調べたい」


「で、ですが……」


 雪花は視線を彷徨わせ、歯切れ悪く囁く。


「ご迷惑、ですから……」


 気付けば、どこまでも優しい雪花の頭をそっと撫でていた。

 透き通るような美しい銀色の髪は、なめらかで、心地良い。途端に顔を赤らめる姿も愛おしくてたまらなかった。


「雪花」


 名を呼べば水晶のような綺麗な瞳がこちらを向く。

 春陽は雪花の手を持ち上げ、手のひらを天井に向けた。

 そして手に煌めく小さな何かを置いた。


「これは……」


 雪花は手のひらと春陽の顔を行き来し尋ねる。


「これはお守りだ」


 手の中のものを見つめる。硝子細工でできた繊細な花のかんざし。

 まるで氷のように透明で、光の当たり具合によっては煌めく色が変わっていく美しいかんざし。


「これはお守り、そして約束の証だ。私はどんなことがあっても雪花を信じるという。だから雪花は自分をもっと大切にして欲しい。自分を責めるのではなく、自分の持つ力を認めて欲しい。きっと雪花の力が役に立つことがある」


 雪花の目がみるみるうちに大きく開かれたと思えば、少し時間をおいて、ふわりと細められた。口許に微笑が浮かぶ。


「だからもう少し、待っていて欲しい」


「はい」


 雪花の目にはもう涙はなかった。

 二人きりの部屋は春の陽気のようにほんのり、だけど確かに暖かかった。


 




 雪花と別れた後、春陽は行き損ねていた敦矢の元に急いだ。


「敦矢殿」


 珍しく息を切らして飛び込んできた春陽に敦矢が目を丸くしたのは言うまでもない。


「春陽さま、どうなさいましたか?」


「敦矢殿に頼みたいことがあるんだが」


「なんでしょう?」


 普段と変わらず穏やかな敦矢だったが、春陽の言葉を聞きその瞳を曇らせた。


「雪花のことで何か知っていることはないか? あるなら教えて欲しいのだが」


「……なぜですか?」


「なぜと言われても、彼女を救うために知りたいからだ。氷の力とはなんだ? 雪花はどんな存在なんだ?」


「なぜそれを……!」


 雪花から聞いたこと、それから天華国史書で得た単語を言い放つと、敦矢は音を立てて立ち上がった、


「雪花に聞いた。教えて欲しい。この通りだ」


「そ、そんな頭をお下げにならずとも……!」


 春陽は頭を下げた。慌てた敦矢は顔を上げさせ、座るように促す。

 敦矢はどこからか分厚い本を持ってくると文机に置いた。文机を挟み向かい合って座る。


「まさかこんなにも早く春陽さまに告げることになるとは……いや、良い機会なのかもしれませんね」


「どういうことだ?」


 何かを知っているような口ぶり。敦矢が発言するたびに春陽の首が傾いていく。


「お教え致しましょう。私が知っていること全てを。これがあなた様をここに呼び戻した理由にもつながりますから」


 どこか仰々しい言い方に、春陽はごくりと唾を飲み込んだ。


「春陽さまは、妖国御伽話ようこくおとぎばなしをご存知ですか?」


「妖国御伽話といえば、国に古くから伝わる伝承話のことか? よく母に聞いていた記憶があるが、それがなにか……」


 妖国御伽話といえば、天華国に住む者なら皆知っている、様々な妖が出てくる物語集。雪花の話をしていたのに、的外れな質問に春陽は首をひねった。しかし、敦矢は平然としたままだった。


「この御伽話は作り話ではなく、実際にいた妖の話をまとめたものなのです」


「実際に?」


「……ここ天華国は遥か昔、妖の国だったのです」


 敦矢は分厚い本をめくりながら淡々と語り出した。

 

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