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 それから数日後のこと。雪花は自室で本を読んでいた。

 先日の春陽と日乃子の言葉が雪花の頭にちらついては手を止める。

 あんなに真っ直ぐに見つめられ、直球な言葉をかけられたのは久しぶりだった。

 なにより、自分の外見だけではなく、内面を理解してくれようとした二人に心が揺らいだのは間違いない。


(このままのわたくしでも恐れずに関わろうとしてくれる人がいるなんて……) 


 怖いが、もう少し心を開いてみても良いのかもしれない。

 本を読んでいるはずなのに、内容がさっぱり入ってこなかった。


 そんな時、雪花の名を呼ぶ大きな声と騒々しい足音が近づいてきた。

 雪花は動きを止め、後ろに控えていた琴乃と顔を見合わせる。そして吸い寄せられるように音の方に顔を向ければ、二人の前に姿を現したのは顔色を変えた侍女だった。


「何事です?」


 穏やかな琴乃の口調が一変、きりっと強くなる。雪花を背に庇うように琴乃は侍女に向き合った。


「雪花さまの前です。落ち着きなさい」


 六花殿の者が騒々しくするのは珍しい。普段はあまり声を発さず黙々と仕事をこなす侍女が声を上げるなど滅多とない。

 静かだが圧のある琴乃の物言いに、侍女はふと我に返ったようで、慌てふためき頭を下げた。


「も、申し訳ございません……」


 一瞬の静寂があたりを包む。

 雪花は音を立てずに手の中の紅茶を置き、静かに言葉を発した。


「何かありましたか?」


 刹那、顔を上げた侍女と目が合った。

 恐怖や焦り、負の感情が滲む目に雪花は急いで目を逸らす。


「あ、あの……」


 雪花の冷たい視線を受けた侍女はしどろもどろ言葉を詰まらせながら話した。


「主上さまの側仕えの方が、お見えになっておりまして……」


 雪花の胸がざわりと音を立てる。


「なんですって?」


 驚きの声を上げたのは琴乃だった。

 だがその反応は、表現を変えないが雪花も同じである。

 心の中に動揺が広がった。


(わたくしに、何の用事が……?)


 雪花のことをあまりよく思わない帝。帝自身はもちろん、その周囲の人が雪花を訪ねることなどそうそう無い。

 春陽と日乃子を除けば。 


「お一人ではなく結構な人数の方がお見えになり、宮殿の中を確かめさせて欲しいとのことでして……」


(宮殿の中を確認……?なんのために?)


 侍女の言葉はさらに雪花を戸惑わせた。


「一体どうしてこんなことに…… 雪花さま、私が行ってまいりますのでここでお待ちくださいね」


 ため息を一つ吐き、琴乃は静々と歩み始めた。

 きっと側仕えの人たちだけの判断でここに来るはずがない。きっと帝から何らかの命令で来たに違いない。

 帝は何を考えているのだろう。

 琴乃に対応してもらい雪花はここで待っていた方が、心労はかからない。

 だが、琴乃とて筆頭侍女にすぎない。六花殿の全ての沙汰をくだす力を持っているのは雪花なのだから、自分が出向いた方が話が早く済むだろう。


 行くか、行かないか。

 でも琴乃に二度手間をかけさせるのは申し訳ない。


 ――何かあればすぐに自室に戻れば良い。


 そう判断した雪花は、離れていく琴乃の背に声をかけた。


「琴乃」


「いかがされましたか?」


「私も一緒に行きます」  


 その言葉に琴乃の目が見開かれた。


「……よろしいのですか?」


 雪花はゆっくりと立ち上がり、琴乃に近づく。そして、固まる琴乃を追い抜く際にぽつりと呟いた。


「……大丈夫よ」


 雪花は凛とした表情を崩さぬまま、側仕えが待つ宮殿の入り口に足を向けるのだった。

 雪花が六花殿の入り口にたどり着くと、そこには大柄な側仕えたちを前に、狼狽える侍女たちの姿があった。


「いつまで我々を待たせるつもりか?」


「主上から命だぞ? 早く中に入れないか!」


「た、ただいま確認をとっておりますので……!」


「何度も言っているだろう。確認など必要ない。主上からの命令は絶対であるからして早くここを通せ!」


「もう少しだけお待ちください……!」


 段々側仕えたちの言葉に熱がこもっていく。おどおどしながらも六花殿の侍女はしっかりと言葉を返していた。


(こんなに側仕えの方が……本当に何事?)


 何かやらかしてしまったのだろうか。心当たりはないが。

 雪花は高鳴る気持ちを抑え、大きく息を吸い込んだ。


「何かございましたか?」


 毅然とした雪花の言葉が放たれると、そこにいた人々の動きが止まり、視線が雪花に集まった。


「ゆ、雪花さま……」


 雪花が出てくるとは思わなかった侍女たちは目を丸くさせ、頭を下げた。

 そして端によけ道を開ける。


「何か不手際でもございましたか?」


 緊張や恐怖、全ての感情を手の中に集め、ぎゅっと強く握りしめる。妃として恥じぬ姿を、堂々と振る舞わなければならない。

 側仕えたちは雪花に対し一礼すると、書状を取り出し読み上げた。


「主上からのご命令です。全ての宮殿の中を確認せよ、とのことです」


「何故ですか?」


 雪花の後ろに立つ琴乃が冷静に聞く。これまで長く天華宮に住んではいるが、こんなこと初めてだ。


「時雨殿の雫さまのかんざしが紛失されました。盗みの疑いもあると聞いております。そのために全宮殿を捜索しているところです」


 側仕えが端的に説明をするが、疑問は深まるばかりだった。表情には出さないが心の中で首を傾げる。

 琴乃も不審に思ったのかじっと側仕えを見つめていた。

 事情は理解した。しかし、雪花の宮殿にあるわけがない。

 雫の蒼玉の簪を手にしたこともないし、人との関わりを避ける雪花本人がわざわざ雫と関わり合う口実になることをするはずがない。

 この宮殿に入れたこともないのにどうしてここにあると言うのだろう。


「六花殿には雫さまはじめどなたも入れておりません。ですので、ここにかんざしはございません」


 雪花が淡々と言い返すが、側仕えも意見を曲げない。

「しかし、主上からの命ですので」と決まり悪そうにもごもごと口を動かすばかりだった。


「雪花さまのおっしゃる通りです。日々清掃を行っていますが、今までそれらしき物を見たことがありません。どうぞお引き取り下さい」


 琴乃が一歩前に出てきっぱり言い放つが、側仕えは顔を見合わせるばかりでその場を離れようとはしなかった。

 緊迫した雰囲気の琴乃、怪訝そうな顔の側仕え、そして突然の出来事に不安そうな侍女たち。

 場は冷たい空気で覆われた。


(ここで拒めば余計に疑われてしまうわね……)


 琴乃が言っていることは当たっている。六花殿にかんざしはない。

 琴乃は雪花を庇ってくれているのだと思う。側仕えを中に入れてしまえば、その対応のために関わりを持たなくてはならないし、第一に雪花の気持ちが不安定になる可能性だってある。

 だが、側仕えたちも主上からの命令となればやらなくてはならないはずだ。そうでもしなければ怒りの矛先は側仕えに向いてしまう。


 葛藤の末、雪花は胸の前で組んだ手をぎゅっと握りしめた。


「……分かりました。ここには無いと思いますが、宮殿を探す許可を下ろしましょう」


 雪花を守ろうとしてくれた琴乃を傷付けないように、ここには無い、を強調しながら雪花は告げる。


「では、失礼致します」


 雪花の声を皮切りに、側仕えたちはドカドカと六花殿の中に入り込んだ。

 その後ろ姿を雪花はどこか他人事のように見つめていた。


「雪花さま、よろしいのですか?」


 心配そうに琴乃が小声で話しかけるが、雪花は一つ頷いた。


「えぇ。琴乃が言っている通り、ここには確実に無いわ。だってわたくしはほとんど人と関わらないもの。それはあの方たちも承知のはず。けれど命令となればやらなくてはならないのよね」


 天華国一の権力者からの命令は絶対だ。でもきっと彼らも六花殿にはあるわけがないと思っているのだろう。

 必死に探している様子が見られない。先程から何となく部屋を見回し、軽く襖を開けて中を覗くだけ。


「……命に従うって、誰かと絡むって大変なことなのね」


 雪花の呟きは誰の耳にも入らず、騒がしい音にかき消された。

 

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