3
自室を飛び出した雪花は気付けば中庭まで出てきていた。
すっかり紅葉も落ち着き、葉が少なくなった木の下で息を整える。そして、急いで涙を拭った。
心臓がうるさい。
春陽の言葉、笑み、仕草を見ていると雪花の心はぐちゃぐちゃになる。
自身をきちんと見てくれる嬉しさ、恥ずかしさ。それから、申し訳なさ。
こんなに良くしてもらっているのに、そっけなくすることしかできない自分に嫌気がさす。
持っている力のことを話して、だからそっけなくしてしまうと言えたらどれだけ楽だろう。
しかし、雪花にはそんな勇気持ち合わせていなかった。
こんなに優しくしてくれる春陽も、いずれかは雪花に愛想を尽かして離れてしまうかもしれない。そう考えると、胸がギュッと締め付けられた。
(わたくしは一人でいることが望ましい…… それなのに、望んでしまう…… あの穏やかな時間をもっと味わいたいと)
彼との時間はどこか居心地が良かった。
春陽と出会って、変わってしまった自分に戸惑う。
そんな気持ち、とうの昔に置いてきたと思っていたから。
雪花は木にもたれかかり、自分の胸元を握った。琴乃が綺麗にしてくれた着物にうっすらと皺がよる。
「あら? 雪花さま? 雪花さまっ!」
呼吸を整えていた雪花の視界に飛び込んできたのは、今日も華やかな日乃子だった。
雪花を見つけるなり、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
そして、思い切り抱きつかれた。
日乃子らしいお日さまのような匂い。それから温かい腕に包み込まれ、雪花は目を見開いた。
驚きで言葉を発せない雪花を気にする様子もなく、日乃子は雪花の胸元に顔を擦り寄せ「良かったですわ」と繰り返す。
「宴のこと、とても心配したのですよ。もうお怪我は大丈夫なのですか? お会いしたいと申しても六花殿の皆様に止められてしまいますし」
ぱっと顔を上げ、勢いよく話す日乃子に雪花はさらに身動きが取れなくなった。
こんな自分を心配してくれていた……?
驚きが隠せない。
春陽も日乃子もなぜ無愛想な雪花を心配してくれるのだろう。
なぜこんなにも心を砕いてくれるのだろう。
いくら考えても理解が追いつかない。
雪花は胸元にすがる日乃子に声を顰めて話しかけた。
「日乃子さま」
「はい?」
「なぜこんなわたくしのことを心配して下さるのですか?」
雪花の問いに、日乃子はきょとんとした。くるくると大きな目が雪花を捉える。
「なぜと言われましても…… 私、雪花さまのことがお好きなので」
「……好き?」
「はい。凛としていて、思いやりのある雪花さまが好きなのです。好きな人のことを心配するのは当たり前ではありませんか?」
真っ直ぐに見つめられ、雪花は息を詰まらせた。曇りのない瞳に自分が映る。
なぜ、なぜと聞きたいことは山程あったが、日乃子の言葉で全て飛んでしまった。
じわりと胸奥から温かい何かが広がっていく。
「正直、天華宮の人々は誰が敵味方か分かりません。雫さまも何を考えているか分かりませんし、夕凪さまはあんな感じですし。皇后候補なんてやっていられないですわ。でも、雪花さまはいつも一貫していました。誰が相手であっても手を差し伸べようとしていらっしゃる姿に、信じられると思ったのです」
周囲に聞かれないように、日乃子は声をひそめて話した。
「だから心配させてください、雪花さま」
胸が熱くてたまらない。
日乃子の思いがすんなりと雪花の心に入っては染み込んでいく。
きん、と清々しい冬の早朝のような空気が庭を漂う。
雪花は無言でぎこちなく日乃子の背に手を回した。
「っ雪花さま?」
動揺する日乃子の耳元に、「ありがとうございます、日乃子さま」と呟いてみる。
「雪花さま.何かいいことでもありましたか?」
雪花を抱きしめながら、日乃子はふわりと笑った。突然の問いに雪花の動きが止まる。
「……?」
「以前より雰囲気が柔らかくなったような気がしましたの」
「そう、でしょうか?」
「えぇ」
自分では分からないが、周囲をよく見ることができる日乃子が言うのならそうなのかもしれない。
無愛想な自分にも、寄り添おうとしてくれる人がいる。
自分の内側を見ようとしてくれる存在が。
その事実が雪花の心を少しずつ和らげていることに、雪花はまだ気付いていないのだった。




