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〔何か気に触るようなことを言ってしまったか……?)
春陽は今まで雪花が座っていた二畳台をまじまじと見つめた。
そこにあるのは、硝子のように煌めく薄い氷の膜。
こんなことは前にもあった。
そう、それは秋実の宴で雪花が立ち去った後のこと。あの時も雪花が座っていた所に氷の欠片が落ちていたのだ。
秋実の宴で見た破片とは違う形をしているが、氷なのには変わりない。
(また氷が……)
雪花のことが気になり、春陽は足繁く六花殿に赴いていた。もちろん、初めは彼女の怪我が気になったから。
天華宮で催された宴の中で起きた事故。責任はこちらにあるから頻繁に様子を見に行っていた。それに、雪花が宴の時のように陰湿な扱いをされないように見張っていたまでだった。
しかし、雪花に関わるたびに彼女のことが気になっていく。
口角が持ち上がることもないし、目が細められることもない。まるで能面のように顔が動くことはないが、心の中にはきちんと思いがある。感情が動いている。
好物を目の前にすれば我先にと手を伸ばすし、話に興味を持てば口元を着物の袖で隠して真っ直ぐにこちらを見てくれる。
些細な変化ではあるが、よく雪花を見ていれば周囲が噂するような氷の妃とは程遠いように感じた。
そして気になることはそれだけではない。
やはり六花殿は異様に寒いのだ。
まだ冬には早いし、襖もぴったり閉じているのに、どこからともなく風が吹き込み、部屋の温度をぐっと下げている様に感じる。
だが、それは一瞬のことなのでそこまで気にしていなかった。
しかし、今の目前にある氷の膜を目にすれば、やはり彼女は何かを秘めているのかもしれないと考えざるを得ない。
――感情を表に出せないのもなんらかの理由があるのではないか。
それならば一体何を抱えているのだろうか。
知りたい。けれど、春陽が近づけば近づくほど、雪花から距離を取られている気がしていた。何度六花殿を訪ねても距離は縮まらない。
(私が彼女の近くに行くことは許されないのか……)
春陽は立ち上がり、雪花のぬくもりが残る二畳台に近づいた。
氷は窓から差し込む光に当たり、キラキラと煌めいている。
(なんて美しいのだろう……)
氷に触れようと手を伸ばした瞬間、氷は音も立てず、溶けて消えていった。
まるで春陽が触れることを許さないように、どんどん形が無くなっていく。
(以前もそうだった。私が触れようとするとすぐさま形が崩れていく……)
春陽は自分の手を見つめた。特に変わったことのない普通の手。
(雪花殿が抱えているものを知り、手を差し伸べることは難しいのだろうか)
天華宮には大勢の女人がいる。
妃を始め、大勢の侍女や天華官女が。
その女人たちが、容姿端麗の春陽を放っておくはずがない。
春陽が笑みを向けるだけで顔を赤らめ、もじもじと身体を動かす。言い寄られることも多いのだが、正直彼女たちには全く興味が湧かない。
それなのに、雪花に対するこの気持ちはなんなのか。
帝の皇后候補という立場であることは承知の上。だが、それでもどうしても彼女のことをもっと知りたいと思ってしまう。
どんな強風にもじっと耐え、凛としながらも実は人への情が深い人。
春陽には雪花が今溶けていった氷のように、きらきら煌めいて見える。
彼女は氷の妃などではない。
氷のような儚さと美しさを兼ね備える、魅力的な女人。
(氷……聞いたら答えてくれるだろうか。いや、少し調べてみるか)
春陽はすくっと立ち上がり、足を一歩踏み出した。




