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この国の頂に立つ春真は、今日も今日とて時雨殿に居座っていた。
時雨殿の雫とは幼馴染で、付き合いも長い。まだあどけなさが残るほかの妃とは違い、落ち着いた雰囲気も相まって、一緒にいて素の自分を見せられる。
「今回の秋実の宴も見事だったな」
「そうでございますね」
「まさか夕凪にあんな特技があったとはな」
「えぇ。わたくしも初めて知りましたわ。……それにしても、雪花さまはご無事だったのでしょうか」
何気なく雫の口から飛び出した名に、春真は眉を潜めた。盃を握る手に力が入る。
「あんな不愛想な奴は知らん。罰が当たったまでだ」
「……」
火傷をした雪花に対し、心配する素振りも一切ない。そんな春真に雫は黙り込んだ。
あんな娘、どうなっても良い。
初めてあの娘を目にしたのは、重鎮である文官に連れられて天華宮に来た時だった。
容姿は良い。それはどの妃にも負けないほどの美貌はある。その麗しい姿を一目で気に入った。
だから天華宮への入内を許可したのだ。
だが、蓋を開けてみればどうだ。良いのは外見だけだった。
表情も人形のように変わらず、帝である自分を敬っている様子も見せない。常に淡々としている姿が無性に腹が立つ。
しかし、重鎮に頼んで天華宮に受け入れた手前、すぐに手放すことが難しく、仕方なく今も妃としての立場を与えているまでだった。
(あんな奴、私が知ったこっちゃない)
盃の酒を飲み干す。やはり強い酒がないとやっていけない。
「失礼致します」
「なんだ」
突如現れた側仕えが慌てた様子で耳打ちをした。
「は」
内容を聞いた春真は、濁った声を吐き出した。
どんどん顔が険しくなっていく。
「いかがなさいましたか?」
隣から控えめな雫の声が聞こえるが、その声に答える余裕もないほど、怒りが身体の中を巡っていた。
「日乃子とあの娘は仲が良いのか?」
険しい顔に雫は一瞬躊躇ったが、何事もなったように話す。
「日乃子さまが雪花さまのことを気にかけてお茶に誘っていると、お噂は聞いたことがありますよ」
日乃子は朗らかな妃のように見えて、意外と周囲を見ている。
自分との距離感もつかず離れずの程よい距離を保っているし、聞き分けが良い。
きっと、自分が帝の皇后になることはないとどこか悟っているのだろう。とても扱いやすい日乃子とは、こちらの気が向けば一緒に食事をしたり、通ったりすることもあるはずだったが……
「ほう、仲良く茶会だと……」
気に食わない。
春真の顔がゆがんだ。
自分の気分を害する存在などと仲良くする必要はない。
(日乃子、お前がそっち側に行くとは思わなかったな)
春真は酒を煽った。
うろ覚えだが、宴の時の日乃子はやたらとあいつを気にしていた気がする。今まで特に仲がよさそうな様子は見られなかったが、どういう風の吹き回しだろう。
どいつもこいつも勝手なことをしてくれる。
女など、雫のように自ら動かず黙って男の言うことを聞けば良いだけ。
それなのに勝手に動き、中庭で騒ぎを起こすなどありえない。
「……私はもう疲れている。お前が何とかしてこい」
女同士のいざこざに巻き込まれるのは正直めんどくさかった。別に必ずしも自分が仲裁する必要はないだろうと側仕えに押し付ける。
「……いや、それが」
「なんだ? 私の言うことが聞けないと言うのか」
珍しく言い返す側仕えを横目で睨む。
「い、いえ……! 滅相もありません……恐れながら、もう仲裁している方がいらっしゃいまして、私はその人の命でここにきたのです」
「なに?」
「……春陽さまが間に入って下さっています」
「……」
昔から歳の近い腹違いの弟は、そばにいるだけで鬱陶しかった。
あいつは自分にはないものを持っている。
賢さ、美貌。それに人を虜にする温かな雰囲気。
だから隣国に遊学させたのだ。
邪魔者を排除するために。
急に戻ってきて気に食わなかったが、こうやって面倒ごとを請け負ってもらえる点は良いのかもしれない。
(それにしても、日乃子までがあいつの肩を持つとはな…… 少し灸を添わせなければな)
「主上?」
一人の世界に入っていたところで、雫の声に引き戻される。
「大丈夫だ。何もない、何も……」
ふと隣を見れば心配そうな顔をする雫の姿が目に入る。
落ち着きのある雰囲気に大人っぽい顔立ち。それと艶やかな青色の髪に挿さる蒼玉のかんざし。
(ここは私の思うがままに事が進む天華宮……)
にやり。春真の口に不気味な笑みが浮かぶ。
賑やかな酒の場に似つかわしくない、春真の奇妙な笑顔は、いつまでも続いていた。




