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熱くて痛い。
お茶がかかった部分は時間がたつごとに赤みを増し、焼かれたようにひりひりした。
六花殿に向かって一生懸命足を進めるが、いつの間にか目には涙が溜まっていて、こぼれ落ちるのも時間の問題だった。
悲しいのか、怒りなのか、もうよく分からない。
ただ、自分の身体から異様なまで冷たい空気が放たれていることだけは確かだった。
(早く戻らなくては。早くしないと……このままでは……)
回廊を走り去る雪花に、すれ違う人が皆、目を丸くして道を開ける。
顔を見られないように俯き加減で進む雪花だったが、耳に届いた声にはたと足を止めた。
「なんだか急に寒くなったと思わない?」
「さっきまで晴れていたのにね」
「え? これ何? 雪?」
「氷じゃないの?」
来た道を恐る恐る振り返った雪花は、息を呑んだ。
自分の通った道の所々に氷の粒や破片が落ちているのが嫌でも目につく。きらきらと落ちている氷に侍女たちが群がっていた。
気持ちを抑えようと必死だったが、それも限度があるのだと気付く。どうやら感情がにじみ出て、辺りに撒き散らしてしまったようだ。
(……とりあえず六花殿に戻らないと、ここら辺一帯を雪の世界にしてしまうわ)
新たに落ちる涙が、落下途中に水滴から小さな氷に形を変える。
雪花はこぼれ落ちる涙を拭い、六花殿へと急いだ。
「おかえりなさいませ」
回廊の掃除をしていた侍女たちは、ただならぬ寒気に身を震わせながら、雪花を出迎えた。
雪花は返答することもなく、深く下を向き、顔を隠しながら自室へ向かう。
「ゆ、雪花さま……? 大丈夫でございますか?どこか具合でも……」
侍女たちが異様な空気に顔を見合わせる中、雑巾を握った手を震わせながら、千代が雪花に近づいた。が、近づくなといわんばかりに雪花に手で制される。
「誰も私の部屋に近づけないでちょうだい」
「か、かしこまりました……」
呆然とする侍女たちに振り返ることもなく、雪花は進んだ。
自室に戻り、襖を閉めた途端、雪花はその場にへたり込んだ。
我慢していた涙が一気に溢れてくる。
小さかった氷の粒が、だんだんと大きくなり、畳に転がった。
今日は散々な日だった。
わざと苦いお菓子を出されるし、熱いお茶をかけられる。
感情が、しかも負の感情が大きく揺さぶられることばかりだった。
夕凪の美しいのに冷たい笑みが脳内に浮かぶ。
愛想が無いのも、人々と積極的に話せないのも、事情があるからで、決して自分の意思では無い。それに、人を守ろうとしての行動が、気に食わないと言われれば、もうどうしたらよいのか分からなくなる。
「うっ……っ」
せっかく琴乃が用意してくれた新しい打掛も薄緑色に染めてしまった。
それに、他の妃たちにも迷惑や心配をかけてしまった。立ち去る時の日乃子の沈んだ顔が忘れられない。
雪花を貶めるためとはいえ、荘厳な宴の場を壊していい理由にはならない。そこへの怒りと人々への申し訳なさ。
そして一番感じるのは、何もできない自分の不甲斐なさと悲しみ。
それらが混じり合い、涙が頬を伝い続けた。
畳に落ちた氷の粒はかんざしのように先が鋭く、畳に突き刺さっていく。
(……いけない。でも、涙を止められない……)
ほろほろと涙をこぼすたび、涙は氷の粒になる。
きらきらと光る氷。まるで宝石のようだが、それは触れられないほどに冷たく、部屋の温度を一気に下げた。
(やはり私は、ここには相応しくない。どこか違うところへ、誰もいないところへ……行くべきなのよ)
感情を出さないように努めているだけで、雪花は決して心がないわけではない。
思うがまま心を動かしてしまうと、誰かを傷つけることに繋がる。だから無を貫いているまで。
だから心無い言葉には傷つくし、悲しくも寂しくもなる。
人との関わりによって不思議な力を発動させてしまう自分は、こんな人との関わりを避けられない場にいるべき人じゃない。
もっと静かな、人がいないところへ行くべきなのだ。
分かっている。そんなこと。
ただ生きるためにはここにいなくてはならないのも事実である。
「……おかあ、さま……」
雪花の部屋の中は極寒の雪国のように気温が下がり、畳に転がる無数の氷の粒や欠片がさらに寒さを加速させる。
屏風も襖も霜が降りたように真っ白。
気が付けば火傷をしていた手も、寒い部屋のおかげで火照りが引き元の色白な肌に戻っていた。
冷たい空気は部屋のいたる隙間から流れ出ては六花殿ごと冷やしていく。
「なんだか今日、とても冷えますわね」
「もう、冬も近いので仕方ありませんわ」
「それにここは天華宮の北側。最も日があたりにくい場所ですもの。寒くても仕方ないわ」
遠くで六花殿の侍女たちの声がする。
だんだんと視界が白く霞んで見えた。
(本当に……ごめんなさい……)
心の奥底から湧き上がる感情を封じることもできず、雪花はただ一人泣き続けるのだった。




