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 今回の夕凪のおもてなしは、茶の湯だった。

 茶碗や茶筅、柄杓など、豪華な道具が丁寧に帝の前に並べられる。


「ほう、茶の湯とは宴では初めてだな」


 珍しい催しに、帝は感心したように笑った。それにつられ、夕凪も微笑む。


「主上には新しいものをお見せしたいと思いまして。本日はお楽しみくださいませ」


「うむ。楽しみだ」


「では、初めさせて頂きます」


 静まる空気の中、夕凪は美しい礼をした。


「今回の秋実の宴では、茶の湯のお手前をご披露いたします。まずは、お菓子をどうぞお召し上がり下さいませ」


 可愛らしい声を合図に、香風宮の侍女たちが盆を持って帝をはじめ妃や皇族の前に躍り出る。


「秋めいておりますお庭から連想し、こちらも私が作らせて頂きました。ねりきりにございます」


「おぉ、これは……!」


「なんとお美しい!」


 人々の前にお菓子の入った懐紙が置かれると、どこからともなく声が上がった。


「どうぞ」 


 雪花も目の前に置かれたお菓子を見つめる。

 確かにこれは美しい。

 思わず声が漏れ出てしまいう気持ちも分からなくない。

 夕凪の作ったお菓子はそれほど美しかった。


 楓の形に形成されたねりきりの葉先は燃えるような赤色で、そこから橙、黄色へと鮮やかに色が移っていた。葉の細かい葉脈も描かれており、まるで本物の葉のようなねりきり。食べるのがもったいない。

 それに味も絶品らしい。早々と口に運んだ帝や妃たちからは絶賛する声が漏れていた。

 雪花も十分に見て楽しんだ後、懐紙を持ち上げ、黒文字でねりきりを一口大に切り、口に放り込む。

 次の瞬間、雪花は身体を強張らせた。

 それまで聞こえていた周囲の音が一瞬、何も聞こえなくなる。


(……これは、なに? 苦みがある……)


 ねりきりを一度噛み潰しただけで口の中いっぱいに広がる嫌な苦味。

 苦い薬か草でもすり潰し混ぜたのではと疑ってしまうような容赦のない苦味に、思わず口と手を止めた。


「……っ」


 急いで手で口を塞ぎ、声が漏れるのを必死に噛み殺す。

 あまりの苦さに、身体が小刻みに震えてきた。それと同時にさわさわと冷たい軽風が庭を駆け抜け、木々を揺らす。 


(ここで取り乱しては……駄目……堪えなくては……)


「雪花さま? 大丈夫ですか?」


 琴乃がすぐ後ろにいるはずなのに、その声が遠く聞こえた。風が吹いたことできっと琴乃は異変を感じたのだろう。しかし、言葉を返すこともままならない。


(ここで騒ぎ立ててはいけないわ……)


 雪花は必死に堪え、なんとか口の中の菓子を飲み込んだ時、遠くからやけに明瞭な声が聞こえた。


「あら、雪花さま。私のお菓子お口に合わなかったのでしょうか? 手が止まっていますわ」


 手に柄杓を持ったまま、夕凪はにたりと笑う。そこで雪花は察した。


 ――これは、わざとだと。


 夕凪がこちらをよく思っていないのは分かっていた。しかし、こんな大勢の人前で挑発的なことをしなくても良いのではないか。彼女にとっては軽い気持ちかもしれないが、こちらはひとたまりも無い。人前で力を発動させないよう必死だというのに。

 雪花は唇を噛み締めた。歯が食い込むたびに、冷たい風が強くなっていく。 


(落ち着くのよ、雪花) 


 湧き上がる戸惑いを抑えつつ、雪花は息を吐き出すともう一口、ねりきりを食した。

 雪花の様子をこの場にいる全員が固唾を飲んで見守っていた。

 ゆっくり噛み砕き、飲み込む。

 そして夕凪を見た。


「いいえ。あまりにも美味しくて味わっておりました。とても美味しいお菓子でした」


 口の中は苦みで溢れているが、ここで取り乱すわけにはいかなかった。平常心、と自分に言い聞かせる。


「……まぁ! 喜んで頂けて嬉しいですわ」


 平然とした雪花を見て、夕凪は悔しそうに顔を歪めながらぎこちなく笑い、再び手を動かし始めた。


 苦味がなかなか引かない。雪花はため息が出そうになるのをなんとか抑え、夕凪を盗み見た。

 つい先程、自分に黒い笑みを向けた人とは思えないほどの美しいお手前。

 流れるように、踊るように手際よくお茶を立てていく。

 しゃかしゃかと茶筅が動くたびに、微かにお茶の香りが広がった。

 帝も興味津々に夕凪を眺める。

 その隣、春陽にさらっと目を向けた雪花は、思わず二度見をしてしまった。 


(……私を見ている?)


 なぜか春陽の視線が雪花を捉えている。

 宴の始めに目が合ったことが嘘ではなかったというように、雪花をしっかり見つめていた。

 それは真剣な表情で、でもどこか心配そうにやや眉を下げていた。


(わたくし、何かお気に触ることをしてしまったかしら)


 自分のことでいっぱいいっぱいだったが、なにか粗相をしてしまっただろうか。自分の立ち居振る舞いを振り返るも、思い出せない。

 困惑し、視線をうろうろさせていると、ぱちりと目が合った。

 よく見ると、とても麗しい顔立ちをしている。雪花は目が離せなくなった。

 その時、春陽の口元がゆっくりと動き出す。


『だいじょうぶ、ですか?』


 声にならない言葉。でも、口の動きで何を言っているかは理解できた。

 眉を下げ、困った顔で笑いかけられ、雪花は目を丸くする。


 ……見られていた? お菓子を食べている所を? 


 表情に出さないように注意していたが、見破られてしまったのか?

 そして、それを心配して下さっているのか?

 春陽への疑問が次々と湧いてくる。

 話しかけることができない為、真意はよく分からない。

 ただ、このまま無視をするのも忍びない。

 雪花は、表情を変えずに、首を一回縦に振り、再度夕凪に注目するのだった。


 

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