■第91話 黄金の浮島と飛竜、そして極上のレア魔石
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翌日。お姫様抱っこでの跳躍を続け、強風吹き荒れる中層の奥深くへと進んでいった僕たちは、ついに「それ」に遭遇した。
「……お兄さん、なんだか空の色が……」
腕の中にいる魔法少女ちゃんの震える声に、僕は抱躍の足をピタリと止め、着地した浮島で周囲を見渡した。
いつもなら抜けるような青空と真っ白な雲が広がっているはずの景色が、このエリア一帯だけ、まるで夕焼けのように……いや、強烈な魔力によって『金色』に染め上げられていたのだ。周囲の浮雲も黄金の光を帯びてキラキラと輝き、神々しくも幻想的な光景を作り出している。
「すごいな……景色を眺めに来るだけでも一見の価値があるぞ」
僕が思わず感嘆の声を漏らしたのも束の間。
黄金の雲海から放たれる、今までのストーム・イーグルなどとは比べ物にならないほどの圧倒的なプレッシャーが、肌をビリビリと突き刺してきた。空気が重く、息をするのすら苦しい。
腕の中で、魔法少女ちゃんの小さな体がガタガタと小刻みに震え始める。
「お兄さん……息が、詰まりそうです……っ」
「大丈夫だよ。僕が絶対にきみを守るからね」
僕は震える彼女をそっと足元に降ろし、彼女を背中で完全に庇うようにして『雲海の剣』を構えた。風景を鑑賞しに来たわけではない。この異常な黄金の領域の主こそが、黒猫のお姉さんが言っていた『本来中層にいるべきではないイレギュラーなレア魔物』なのだ。
ズゴォォォォォォッ!!!
テリトリーへの侵入者に激怒したのか、前方の巨大な黄金の雲が内側から吹き飛び、中からとてつもなく巨大な影が飛び出してきた。
鋭い牙が何列にも並ぶ凶悪な顎、ぬめりとした青緑色の強靭な鱗、そして空を覆い尽くすほどの巨大なコウモリのような被膜の翼。
「ワイバーン(飛竜)……!!」
バサァァァァッ!!
ワイバーンが上空で一度大きく羽ばたいただけで、暴風雨のような凄まじい風圧が浮島を襲った。
「きゃあああっ!?」
「くっ……! 飛ばされないように、しっかりしがみついててっ!!」
僕は風に飛ばされそうになる魔法少女ちゃんの細い腕をガシッと掴み、バケモノ級の筋力で浮島に両足を踏ん張って強風に耐えた。ただの「羽ばたき」という物理的な質量が、そのまま人を殺せる凶器となって襲いかかってくる。
「ギャオォォォォォッ!!」
耳をつんざくような咆哮と共に、ワイバーンが空気を引き裂きながら、大木のような巨大な鉤爪を突き出して急降下してきた。
「魔法少女ちゃん、牽制だ!!」
「は、はいっ! えいっ、『ファイアボルト』!!」
恐怖に震えながらも、彼女は僕の背中から身を乗り出し、決死の魔法を放った。
燃え盛る火の玉はワイバーンの顔面に直撃したが、硬い青緑色の鱗に弾かれてダメージにはならない。しかし、飛竜の注意を一瞬だけ削ぐことには成功した。
「今だ! バフをくれ!!」
「『テイル・ウインド』!! お兄さん、いってぇぇっ!」
ドワァァッ! と強烈な追い風を背中に受け、僕はワイバーンの鉤爪を間一髪で掻い潜りながら、上空の飛竜の懐へとミサイルのように飛び込んだ。
「はぁぁぁぁっ!!」
渾身の力とバケモノ筋力を込め、『雲海の剣』を真横に振り抜く。
しかし――ガギィィィンッ!!
純白の刃がワイバーンの首の鱗に叩き込まれた瞬間、刃が欠けるかと思うほどの手が痺れる恐ろしい硬さに弾き返された。
「硬っ!? さすがは竜種か!」
浅い。一撃では到底両断できない。
空中で勢いを殺された僕に向かって、ワイバーンが怒り狂って巨大な尻尾を横薙ぎに振るってきた。
「ぐはっ!!」
咄嗟に剣の腹で受け止めたが、大型トラックに跳ねられたような衝撃を殺しきれず、僕はボールのように浮島へと叩き落とされた。
「お兄さんっ!!」
「大丈夫、かすり傷だよ!」
『雲海の鎧』の防御力と落下耐性のおかげで致命傷は避けたが、全身の骨が軋むような痛みが走る。
上空では、ワイバーンが再び大きく旋回し、トドメを刺そうと大きく息を吸い込んでいた。口の奥で、凶悪な魔力の光が圧縮されていくのが見える。回避不能の広範囲ブレス攻撃だ。
(このままじゃジリ貧だ。あの硬い鱗をぶち抜くには、完全に無防備な急所……目を狙うしかない!)
「魔法少女ちゃん! 次のブレスを撃ってくる瞬間に、あいつの顔面めがけてありったけの魔力を込めた魔法を撃ってくれ! 目隠しにする!」
「は、はいっ!」
ゴォォォォッ!
ワイバーンの口から、周囲の雲を消し飛ばすほどの圧縮された突風のブレスが放たれた。
「いまっ!」
「『ファイアボルトォォォッ』!!」
魔法少女ちゃんが杖の両手持ちで放った特大の火の玉が、ブレスと正面から衝突して空中で大爆発を起こし、濃密な黒煙と炎の幕を作り出した。
「そぉぉぉぉいっ!!」
僕はその煙幕の死角を利用し、島を力強く蹴り飛ばして三度目の跳躍を行った。
煙を突き破り、ワイバーンの顔の真ん前へと飛び出す。
「ギャッ!?」
「これで、終わりだぁぁぁっ!!」
驚愕に見開かれたワイバーンの巨大な黄金の眼球めがけて、僕は全体重とバケモノ筋力を乗せた『雲海の剣』を深々と突き立てた。
ブシャァァァァッ!!
脳天まで貫かれた飛竜は、断末魔の悲鳴を上げ――これまでの中層の魔物のように光の粒子となって消えることはなく、巨大な亡骸のまま地響きを立てて黄金の浮島へと墜落した。
ズドドドォォォォンッ!!!
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!!」
着地した僕は、膝に手をついて荒い息を吐き出しながらワイバーンの死体を見上げた。ギリギリの辛勝だった。
「お、お兄さん……! やりましたね……! でも、この魔物、光になって消えませんね?」
「ああ。中層の魔物たちは雲の含有率が高くて粒子化したんだろうけど、こいつは本来なら上層以上にいるべき『イレギュラー』だ。ちゃんと実体(肉体)を持ってるんだよ」
言いながら、僕はニヤリと笑って腰のポーチから第一部の頃に使い込んだ『解体用ナイフ』を取り出した。
「さ、さっさと解体しなきゃな。このクラスの素材は放っておけない」
「はいっ! わたし、血が飛ばないように少し下がってますね」
魔法少女ちゃんは、杖を構え直しながら少し離れた位置へとステップを踏んだ。
ブチッ、メチャァッ、ゴリッ。
僕はワイバーンの死体へと躊躇なくナイフを突き立てた。生々しい音を立てて硬い肉を裂き、返り血と体液を浴びながら、極上の青緑色の『鱗』を何枚も剥がし、強靭な『翼の被膜』を切り出し、巨大な『牙』を根元からえぐり抜いていく。バベルの地下で数百匹の魔物を捌いて培った解体スキルは、飛竜相手でも全く鈍っていなかった。
「ふぅ……終わったよ。全身血まみれになっちゃったけど、大豊作だ」
最後に胸の奥から、キラキラと眩い光を放つ透き通った『レア魔石を5個』えぐり出し、僕は額の汗を拭った。手に入れた超一級品のワイバーンの素材たちは、この先絶対に使い道があると確信し、ポーチの奥底へとしまい込んだ。
街へ帰還した僕は、ドロドロになった体を宿のお風呂で急いで洗い流し、真新しい服に着替えてから、魔法少女ちゃんと一緒に魔石の分配へと向かった。
まずは冒険者ギルドへ。僕がカウンターに『1個』のレア魔石をコトンと置くと、顔馴染みの受付の職員さんは目を限界まで剥いて硬直した。
「こ、これは……中層に稀に現れるというイレギュラー『天空の飛竜』の魔石……! ま、まさか、お二人が討伐したんですか!?」
「ええ、魔法少女ちゃんとの連携でなんとか倒せました。換金をお願いします。あ、それと、僕のレベルもついでに確認したいんですけど」
「は、はいぃっ! かしこまりました! こちらの測定板へどうぞ!」
僕が金属板に手を乗せると、淡い光が文字を形作っていく。
【レベル:28】
【筋力:342】
【魔力:85】
【体力:310】
【敏捷:265】
「うわぁ……お兄さん、レベル28……。それにこの数字、何度見てもおかしいです……」
魔法少女ちゃんが呆れたような、それでいて心の底から尊敬するような眼差しで見上げる中、僕たちはずっしりと重い特大の金貨袋を受け取った。
次は、西区の路地裏にある『黒猫の宝箱・天空支店』だ。
「お姉さん、約束のレア魔石、1個持ってきたよ!」
「にゃあああああっ!! 本当に獲ってきたの!? しかもこんな極上品! これ1個あるだけで最高の魔道具の研究ができるわ、愛してるわよお兄さん!」
黒猫のお姉さんは魔石を見るなり狂喜乱舞し、僕に抱きついてきそうな勢いで尻尾をブンブン振り回した。
そして最後は、『怠惰な寺院』だ。
「神官ちゃーん、寄進だよ。これも1個だけだけど、すっごく綺麗なやつだぞ」
「むにゃ……あ、すごい魔力だねぇ……。これ1個で、女神様から『今日はもう一生寝てていいよ』って言われた気がするぅ……ありがとぉ……」
神官ちゃんは相変わらずダルそうだったが、貴重なレア魔石をギュッと抱え込んで、幸せそうにクッションの奥へと沈んでいった。
その夜。
僕たちは高級宿のレストランで、一番高い豪華なコース料理を頼み、勝利の祝杯をあげていた。
「魔法少女ちゃん、今日の煙幕は本当に完璧だった! 君がいなきゃ、あのブレスをまともに食らって危なかったよ」
「えへへ……! わたし、少しはお兄さんの役に立てましたか?」
「少しどころか、最高の相棒だよ」
美味しい食事の最中、僕はポーチから残っていた2個の魔石のうち、1個を取り出して彼女の前に差し出した。
「これ、君にあげるよ。お守り代わりに持っておきな」
「えっ!? こ、こんな高価なもの、もらえません!」
「いいんだよ。これは君が勇気を出して、僕の背中を守ってくれた証だ。遠慮せずに受け取って」
僕が言うと、彼女は両手で大切そうに透き通る魔石を受け取り、「一生の宝物にします……!」と瞳を潤ませた。
ちなみに最後の1個は、この先何か厄介な交渉事があった時の『切り札』として僕のポーチの奥底だ。
部屋に戻り、含有率100パーセントの極上の雲ベッドに潜り込んだ時のことだ。
緊張の糸が完全に切れたのか、隣のベッドから「ひっ、ぐすっ……」としゃくり上げる声が聞こえてきた。
「魔法少女ちゃん?」
僕が声をかけると、彼女はタタタッと僕のベッドに潜り込んできて、僕の胸に顔を押し付けて大泣きし始めた。
「こ、怖かったですぅ……っ! あの飛竜、すっごく大きくて、風も痛くて……お兄さんがやられちゃうかと思って、本当に怖かったぁぁっ!」
「よしよし、よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
日々の魔物の解体には慣れていても、あれほどの圧倒的なプレッシャーを放つバケモノとの死闘は、レベル一桁の小さな女の子にとっては想像を絶する恐怖だったはずだ。戦闘中は僕を守るために必死に気丈に振る舞っていたが、安全なベッドに入って安心したことで、抑え込んでいた感情が一気に溢れ出したのだろう。
「お兄さん……死なないでくださいね……ずっと、一緒に冒険したいです……っ」
「当たり前だろ。僕たちは最強のパーティなんだから」
僕は泣きじゃくる小さな相棒を腕の中でしっかりと抱きしめ、背中を優しくトントンと叩き続けた。
彼女がスンスンと鼻を鳴らしながら、やがて安心してスゥスゥと静かな寝息を立てるまで、僕はその小さな温もりを感じながら、激闘の夜を静かに過ごすのだった。
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