■第83話 中層階への準備と、魔法少女ちゃんのお着替え
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翌日。僕たちは中層階へ挑むための準備日と決めて、まずは冒険者ギルドへと向かった。
低層階をくまなく回遊して集めた魔石をカウンターに乗せると、受付の職員さんが手際よく換金作業を進めてくれる。
「低層階の魔石がこんなに……お二人とも、すっかり息が合ってきたようですね」
「ええ、おかげさまで。それで、明日から中層階に行こうと思うんですけど、どんなところなのか教えてもらえませんか?」
僕が尋ねると、職員さんは表情を引き締め、カウンター越しに少し身を乗り出してきた。
「天空ダンジョンの中層階は、低層階とは環境が大きく変わります。一番の脅威は『乱気流』です」
「乱気流、ですか」
「はい。予測不可能な強風が吹き荒れるエリアが点在しており、ジャンプの軌道が大きく逸らされてしまうことがあります。足場となる浮島自体も風で移動していることがあるため、落下のリスクが格段に上がります。それに乗じて、風を操る魔物も多数出現しますので、十分にご注意ください」
強風と動く足場。まさに空のダンジョンらしい、アスレチック要素の強化版だ。
僕一人ならバケモノ級のステータスで無理やり突破できるかもしれないが、魔法少女ちゃんがいる以上、しっかりとした対策が必要になる。
「なるほど、参考になりました。ありがとうございます」
換金を終えた僕たちが、ギルドの喧騒に包まれる酒場スペースを通り抜けようとした時のことだった。
ふと、周囲のテーブルから意図的に声を潜めたような、それでいてわざと耳に入るようなヒソヒソ話が聞こえてきた。
「……おい、聞いたか? あいつら中層に行くんだってよ。なんて命知らずな奴らだ」
言葉の端々に明確な嘲笑を滲ませた男の声に、別の冒険者が鼻で笑うように返す。
「少し低層階をまわれたくらいで大きな気になりやがって。まあ、せいぜい生命を落とさないようにするこった」
周囲からは、呆れや嘲り、あるいは「また無謀な奴らが死ぬのか」といった冷ややかな視線が向けられていた。天空ダンジョンの中層階が、それほどまでに危険視されている証拠だろう。魔法少女ちゃんが不安そうに身を縮めたが、僕は「気にしなくていいよ」と笑いかけ、彼女の背中を軽く押して迷いなくギルドを出た。
次に向かったのは、市街地の商業エリアだ。乱気流対策のアイテムを探すため、裏通りを歩いていると――ふと、見覚えのある黒猫のシルエットが描かれた看板が目に飛び込んできた。
『黒猫の宝箱・天空支店』
「……えっ? なんでこんなところに?」
驚きつつもアンティーク調の重い木製の扉を押し開けると、カランカラン、と澄んだベルの音が鳴る。仄暗くも神秘的な光に包まれた店内には、怪しげな魔道具が所狭しと並んでいた。
「いらっしゃいませ、にゃあ……。お探しのものは、何かしら?」
カウンターの奥から現れたのは、艶やかな黒髪にピンと張った黒い猫耳、そしてしなやかな黒い尻尾を揺らす、あの蠱惑的な魔道具職人のお姉さんだった。
「お姉さん!? バベルにいたはずじゃ……なんで空の街に!?」
「にゃっ!? あら、銀騎士のお兄さんじゃない! にゃふふっ、アンタが天空に行くって聞いたから、珍しい空の魔石をいち早く独占したくて、思い切って支店を出したのよ。相変わらずいいタイミングで来るわね」
まさかの強力な協力者との再会に、僕は思わず顔を綻ばせた。彼女の腕なら間違いない。
「実は明日から中層階に行くんです。乱気流の対策になるアイテム、何かありませんか?」
「中層の乱気流ね。それなら、この『風詠みのゴーグル』が良いわ。風の魔力の流れが視覚化されて、突風が来るタイミングが予測しやすくなるの」
「おおっ、それは便利ですね!」
「それから、万が一風に煽られて足場から落ちた時の保険として『妖精の落下傘』よ。魔力を込めれば一瞬で展開して、安全に下層の雲まで降下できるわ」
「完璧だ。どっちも二人分ください!」
僕は王家直通の無限カードの資金力に物を言わせ、役立ちそうな魔道具を惜しげもなく購入した。
「にゃふふっ、相変わらず金払いが良くて助かるわ! また珍しい魔石が手に入ったら、真っ先にうちに持ってくるのよ?」
「ええ、任せてください!」
そして次は、あてにならないと分かりきってはいるものの、一応情報収集として『怠惰な寺院』へ足を運んだ。
「神官ちゃーん、中層階に行くんだけど何か情報ない?」
祭壇横の巨大クッションに埋もれていた神官ちゃんは、「むにゃ……」と顔だけを少し出し、面倒くさそうに片目を開けた。
「中層階ぃ? あそこは風が強くて、髪も服も乱れるから……絶対に行かない方がいいよぉ……すっごくだるいもん……」
「やっぱりそういう個人的な感想しか出てこないか」
「でもぉ……風に飛ばされるのが面倒なら、これあげるぅ……」
彼女がクッションの隙間からポイッと投げ渡してきたのは、ドロリとした土色のポーションだった。
「これ、『怠惰の重りポーション』……。飲んだら、体がめちゃくちゃ重くなって、絶対風に飛ばされなくなるよぉ……。その代わり、一歩も動きたくなくなるから……その場で寝るのに最適だよぉ……」
「ダンジョンの中で動けなくなったら魔物のサンドバッグだろ! どんだけ怠惰に特化してるんだよ!」
ツッコミを入れつつも、極端な強風の中でどうしても足場に留まりたい時には、アンカー(錨)代わりに数滴だけ使うといった応用ができるかもしれない。僕は一応それもポーチの奥にしまっておくことにした。
一通りの情報収集とアイテムの買い出しを終えた後、僕は魔法少女ちゃんを振り返って、彼女の姿をまじまじと見つめた。
「お、お兄さん? どうしたんですか……?」
「いや、前から思ってたんだけど。そのローブ、サイズ合ってないよね?」
彼女が着ている魔法使いのローブは、明らかに一回り大きく、袖も裾も少し余っていて動きにくそうだった。手に持っている杖も、どこにでも売っているような木の杖で、魔物との戦闘で少し欠けたりしている。
「あ、これ……お小遣いを貯めて、中古屋さんで一番安いものを買ったんです。私、背が小さいから合うサイズがなくて……」
恥ずかしそうにローブの裾を握る彼女を見て、僕は確信した。
「よし、最後に一番大事な準備だ。装備を新調しに行こう!」
「えっ!? で、でも私、そんなお金……!」
「パーティのリーダーの奢りだよ! これからの厳しい中層階を生き抜くための、立派な先行投資さ」
僕が半ば強引に連れて行ったのは、先日僕の『雲海』シリーズを作ってくれた、あの恰幅の良い職人のおじさんの工房だ。
「おう! 銀騎士の兄ちゃんじゃねえか。どうした、雲海の鎧の具合は?」
「最高ですよ。今日は、僕の相棒の装備を見繕ってほしくて。中層階に行くんで、軽くて風に強くて、魔力も上がるようなやつをお願いします」
僕が言うと、おじさんは魔法少女ちゃんの体をメジャーで素早く測り、ニヤリと笑った。
「任せな! 魔法使いのお嬢ちゃんには、これだ!」
奥から出してきたのは、僕の鎧と同じように雲の素材を圧縮して作られた『雲海のローブ』と、先端に澄んだ青い魔石が埋め込まれた『空風の杖』だった。
試着室から出てきた魔法少女ちゃんを見て、僕は思わず「おおっ」と声を漏らした。
純白でフワフワとした雲海のローブは、彼女の小柄なサイズにピッタリとフィットし、ケープのように肩を覆うデザインが彼女の可愛らしさを何倍にも引き立てている。
「すっごく軽いです! それに、この杖を持ってるだけで、魔力が体の中にポンポン湧いてくるみたい……!」
「似合ってるよ、魔法少女ちゃん。すごく立派な魔法使いに見える」
「本当ですか!? えへへ……ありがとうございます、お兄さん!」
顔を真っ赤にして嬉しそうに杖を抱きしめる姿は、ギルドで陰口を叩かれて俯いていた時とは別人のように輝いていた。
「よし! 魔道具も買ったし、装備も完璧になった。これなら中層階の乱気流だって乗り越えられるさ」
「はいっ! わたし、このローブと杖で、お兄さんをいっぱいサポートします!」
準備を完璧に整えた僕たちは、美味しい夕食を食べ、明日からの新たな試練に向けて、100パーセントの雲ベッドでゆっくりと体を休めるのだった。
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