■第79話 心ない暴言と、空回りの魔法少女
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それでは、本編をお楽しみください!
天空ダンジョンでの冒険が始まってから、あっという間に10日が経過していた。
元々、僕には「ダンジョンのフロア全体を隅々までマッピングして回りきる」という、ゲーマー特有の(そしてソロゆえの)面倒な探索習慣があった。
そこに加えて、駆け出しである魔法少女ちゃん(アイリ)の、数島渡るごとに発動する凶悪なコンボ『休憩攻撃(スタミナ切れ)』。
この二つの要素が見事に噛み合った結果、僕たちの進行ペースは亀の歩みよりも遅くなっていた。
10日経っても、まだ低層階の3分の1程度しか進んでいないという有様だ。ソロ時代の僕が猛ダッシュで1日で踏破していた距離を思えば、信じられないほどのスローペースである。
それでも、収穫が全くなかったわけではない。
「お兄さん、見てください! ギルドカードの表示が、レベル4になりました!」
「おおっ、やったね! これでちょっとは体力も増えたんじゃないか?」
ペースは遅くとも、着実に魔物を討伐し続けた彼女は、無事にレベル4へと成長を遂げていた。
その日、少しばかり魔石がまとまった量になったので、帰還の途中でポーションの補充も兼ねて『怠惰な寺院』へ寄進しに向かった。
「すんませーん、寄進に来ましたー」
カラン、と気の抜けたベルを鳴らして中に入る。
しかし、祭壇の横の巨大なクッションに埋もれていた神官ちゃんは、「すぅ……すぅ……」と規則正しい寝息を立てており、完全に熟睡していた。
「……うん。見事なまでの怠惰っぷりだな」
起こすのも悪い(というか面倒くさい)ので、僕は賽銭箱に魔石をジャラジャラと放り込み、勝手に木箱から『フライのポーション』や『怠惰の魔力傘ポーション』をいくつか補充して、静かに寺院を後にした。
その日の夕方。
のんびりとした低層階の冒険を終え、冒険者ギルドで魔石の換金を済ませた時のことだった。
「――おい、見ろよ。あいつら今日も低層階をうろついてたらしいぜ」
ギルドの酒場スペースの奥から、数人の若い冒険者たちのヒソヒソ声が耳に入ってきた。
普段なら気にも留めないような雑音だが、声の主たちはわざと聞こえるようなボリュームで笑い合っていた。
「よくあんな足手まといを連れてダンジョンに行くよな。俺たちはごめんだね」
「全くだ。いくら銀装備の兄ちゃんが強くても、あの駆け出しのお守りじゃあ一生上には行けねえよ。ただのボランティア活動だろ、あれ」
心無い陰口。
僕にとっては痛くも痒くもない言葉だが、隣を歩いていた魔法少女ちゃんの肩が、ビクッと大きく跳ねた。
「…………」
彼女は何も言わず、ただギュッと杖を握りしめ、顔を伏せてしまった。
前髪に隠れて表情は見えないが、その小さな背中が小刻みに震えているのは分かった。
「……行こうか、魔法少女ちゃん」
僕は陰口を叩く連中を一瞥してから、俯く彼女の背中にそっと手を添えてギルドを出た。
そのまま真っ直ぐに高級宿へと向かい、美味しい夕食もそこそこに、僕たちは含有率100パーセントの雲ベッドへと潜り込んだ。
部屋の明かりが消され、深い暗闇と静寂が訪れる。
無重力の極上のベッドの中で、僕はじっと目を閉じていた。
――ヒッ、ぐすっ……。
隣のベッドから、毛布で必死に押し殺したような、小さな小さな嗚咽が聞こえてきた。
(……泣いてるな)
ギルドで言われた「足手まとい」という言葉。
彼女自身、僕のペースを著しく落としていることに誰よりも負い目を感じていたはずだ。そこに他人の心無い言葉がナイフのように突き刺さり、彼女の心の中に冷たい『天気雨』を降らせている。
「お兄さん……ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
かすかなその懺悔の声を、僕は聞こえないふりをした。
ここで僕が起き上がって「気にするな」と慰めるのは簡単だ。だけど、それでは彼女の心に降る雨は絶対に止まらない。他人の言葉で傷ついた心は、他人の安い同情ではなく、自分自身の「確かな成長」でしか癒やすことはできないのだ。
だから僕は、気付かなかったことにしなければならない。
今はただ、彼女が流す悔し涙が、明日への力に変わることを祈りながら。
翌日。
天空ダンジョンへと足を踏み入れた魔法少女ちゃんは、明らかに様子がおかしかった。
「ええいっ! ファイアボルト! ファイアボルトォッ!!」
魔物が現れるや否や、彼女は猛烈な勢いで前線に飛び出し、息を切らしながら杖を振り回して魔法を連発し始めた。
「こ、こんな魔物くらい、私一人で……! はぁっ、はぁっ……!」
いつもならすぐに「お兄さん、休憩しましょう」とへたり込むタイミングをとっくに過ぎているのに、彼女は肩で息をしながらも無理やり立ち上がり、ポーションをがぶ飲みして進もうとする。
完全に『やる気が空回り』している状態だ。
昨日のギルドでの声を気にして、「足手まといにならないように」と必死に背伸びをしているのだろう。
「危ないっ!」
焦りからステップが乱れ、クラウドシープの突進をまともに食らいそうになった彼女を、僕は間一髪で抱え上げて回避した。
「あっ……ご、ごめんなさい! 私、もっとちゃんとやりますから! 足手まといにはなりませんから……!」
彼女はパニックになったように謝り続ける。
その痛々しい姿を見ていると、胸の奥がギュッと締め付けられるようだった。
「魔法少女ちゃん、落ち着いて。そんなに急がなくても……」
「ダメです! 私、レベル4になったんです! もっとできるはずなんです!」
彼女は僕の手を振り解き、再び杖を構えて前を向いた。
……下手に慰めても、今の彼女には何の解決にもならない。
冒険者として生きる以上、いつか必ずぶつかる「自分の無力さ」という壁。それは、誰かに手を引かれて乗り越えるものではなく、自分自身の足でよじ登るしかないのだ。
「……わかった。じゃあ、今日は君のペースで進んでみよう」
僕はシルバーソードならぬ『雲海の剣』をだらりと下げ、彼女の少し後ろに下がった。
やりたいようにやらせてみる。
僕にできるのは、彼女の心に降る雨が止むまで、致命傷だけは絶対に負わせないように、すぐ後ろからゆったりと見守ってあげることだけだ。
「よし……行きます!」
悲壮な決意を顔に張り付けた魔法少女ちゃんが、再び空回り気味の足取りで、浮雲の島をジャンプした。
小さな相棒の、本当の意味での『試練の冒険』が、不器用な音を立てて進み始めていた。
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