■第71話 占い師のお告げと、銀騎士の一撃
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「まもなく、この街に呪われた黒騎士がやってきて災いを振りまくであろう。だがその少し前に、銀色の鎧をまとった『銀騎士』様がお見えになる。銀騎士様ならば、その黒き呪いを払ってくださるはずじゃ。黒騎士がやってくるまで、銀騎士様を『丁重に引き止める』のだ……」
それは、第六宿場町の長老である占い師が下した、絶対的なお告げだった。
□□□
「雲5等級の雲鹿……待ってろよ俺の極上肉……!」
大農地での見学ツアーを終え、食欲のアクセルを全開にした僕は、ウキウキ気分で第六宿場町の正門へと足を踏み入れた。
しかし、そんな僕を待っていたのは、極上の肉を焼く匂いではなく、槍を構えた物々しい衛兵たちの壁だった。
「出たな! 銀色の鎧……こいつが例のお告げの『銀騎士』だ! おい、丁重に幽閉しろ!!」
「えっ?」
衛兵の隊長が声を張ると、大勢の衛兵が一斉に僕を取り囲み、有無を言わさず連行し始めた。
「ちょ、ちょっと待って! なんだよ『丁重に幽閉』って! 日本語おかしいだろ!」
バケモノ級の筋力で暴れて振り払うこともできたが、一般の衛兵相手に怪我をさせるわけにもいかず、僕は渋々大人しく従うしかなかった。
そして連れて行かれたのは、宿場町の地下にある、薄暗くジメッとした石造りの牢屋だった。
鉄格子がガチャンと閉められ、鍵がかけられる。
「おい! なんで俺が捕まるんだ!! 何かの誤解だろ!」
鉄格子越しに叫ぶが、衛兵たちは「お告げですので」とだけ言って、足早に去ってしまった。
極上布団と美味しいご飯の空の旅から一転、まさかの牢屋生活である。
「くそっ、俺の雲鹿肉が……!」
そうこうして、硬い石の床でふて寝すること二日。
事態は急変した。
第六宿場町の門に、禍々しい黒い邪気を全身から立ち上らせた『呪われた黒騎士』が姿を現したのだ。
黒騎士は狂ったように剣を振り回し、街の建物を破壊しながら、周囲に触れる者を病に冒す黒い邪気を振りまき始めた。街は一瞬にしてパニックと悲鳴に包まれる。
占い師の元にも急報が入った。
「来たか……! だが案ずるな、皆の者! 銀騎士様じゃ。銀騎士様がお見えになるまで、なんとか耐えるのじゃ!」
街の人々は、救世主である銀騎士の登場を祈りながら逃げ惑った。
しかし、待てど暮らせど、銀騎士は一向に現れない。当たり前だ。地下牢で不貞腐れてカビの数を数えているのだから。
「おかしい……! なぜ銀騎士様は現れんのじゃ!?」
焦った占い師が、防衛の指揮を執っていた衛兵の隊長を問い詰めた。
「隊長よ! 銀騎士様は、本当にまだこの街にお見えではないのか!?」
「えっ? いえ、銀の鎧の男なら、二日前にきっちり捕らえて地下牢に幽閉しておりますが。お告げ通りに」
「……は?」
「『丁重に引き止めろ』と仰ったではないですか。だから逃げられないように牢屋へ……」
「大馬鹿者ォォォォッ!! 『丁重におもてなしをして、街に滞在してもらえ』という意味じゃあぁぁっ!!」
占い師の絶叫が響き渡った直後。
隊長たちは顔面を蒼白にしながら、地下牢へとすっ飛んでいった。
「ぎ、銀騎士様ァァァ! 申し訳ございませぇぇんっ!!」
ガチャガチャと慌てた手つきで鉄格子が開けられ、隊長と占い師が僕の前に平伏した。
「はぁ? なんだよ今更」
二日ぶりのシャバの空気を吸いながら、僕は最高に不機嫌な顔で彼らを見下ろした。
「実はかくかくしかじかで……お願いです! 今、街で黒騎士が暴れているのです! どうか、あの呪われた黒騎士を止めてくだされ!!」
「はっ、知ったこっちゃないね。誤解で二日も牢屋にぶち込まれたんだぞ。俺はとにかく腹が減ってるんだ。勝手にやってくれ」
平伏する彼らを完全に無視して、僕はさっさと地下牢を後にした。
怒り心頭だ。黒騎士だか何だか知らないが、まずは宿を探して美味い飯を食うのが先決である。
ドスドスと不機嫌な足取りで街の大通りに出ると、ちょうど前方で、全身から黒いモヤを噴き出している黒騎士が、看板を蹴り飛ばして大暴れしていた。
「ガァァァァッ! スベテヲ、ハカイ、スルゥゥッ!!」
「あー、もう。鬱陶しい馬鹿が道塞いでるな……」
僕は立ち止まることなく、そのまま真っ直ぐ黒騎士に向かって歩いていった。
僕の存在に気づいた黒騎士が、禍々しい大剣を振りかぶって襲いかかってくる。
「キサマモ、ノロイノ、ジキキニ……!」
「邪魔だ、どけっ!!」
ドゴォォォォォォンッ!!!
僕は、八つ当たりのようなストレートを、黒騎士の顔面に思い切り叩き込んだ。
バフポーションの筋力と、二日間の牢屋生活のストレスが乗った重い一撃。
黒騎士の体は独楽のように錐揉み回転しながら吹き飛び、壁に激突して白目を剥いた。
同時に、彼を操っていた『黒い邪気』が、僕の拳の圧倒的な物理的衝撃(と、純銀の神聖な浄化作用)によって霧散し、一瞬にして空の彼方へと消え去った。
「よし、道が開いた。最高級の宿はどこだ」
たった一発。
街を絶望に陥れていた呪いは、僕の「通りすがりの八つ当たり」によって完全に払われ、第六宿場町はその時点で救われてしまったのだった。
その後。
僕が街で一番の宿の食堂に陣取っていると、占い師や隊長をはじめとする街の代表たちが、ゾロゾロと土下座の勢いでやってきた。
「あ、ありがとうございます、銀騎士様……! 街をお救いいただき、なんとお礼を申し上げればよいか……!」
「いや、俺は道を塞いでた奴を退かしただけだから」
どうでもよさそうにお茶をすする僕に対し、代表が恐る恐る申し出た。
「せ、せめてものお詫びと感謝の印として……どうか、この街で『最高級の食事』を無償で提供させていただけないでしょうか」
その言葉を聞いた瞬間、僕のピリピリしていた機嫌がピタッと止まった。
「……最高級の食事。あの、農地で飼ってた『雲5等級』の肉とか?」
「は、はい! 雲鹿も、雲海牛も、全て一番良い部位をご用意いたします!」
「……まあ、それなら手を打ってやろう」
数十分後。
僕の目の前には、夢にまで見た『雲5等級の雲鹿と雲海牛のステーキ』が山のように並べられていた。
「いただきます!!」
雲鹿の肉は、牛よりもさらに繊細で、森の果実のような上品な香りがした。それでいて噛むほどに赤身の強烈な旨味が溢れ出し、雲海牛の濃厚な脂の甘みと交互に食べることで、無限のループが完成する。
僕は二日間の空腹を取り戻すかのように、夢中で肉を平らげた。
「ふぅ……美味かった。最高の肉だった」
すっかりご機嫌が持ち直した僕は、街の人々からの拍手と感謝に見送られながら、宿の部屋へと向かった。
部屋の真ん中には、これまでで最も分厚く、神々しいまでの白さを放つ布団が鎮座していた。
「お客さま、当宿のベッドは、雲含有率45パーセントとなっております」
「……45パーセント」
僕は純銀の鎧を外し、吸い込まれるようにそのベッドへと倒れ込んだ。
ボッフゥゥゥゥゥゥゥンッ……。
「……あ、これ、アカンやつだ」
半分近くが雲でできたそのベッドは、もはや「寝具」というより「空に浮かぶ専用の雲」だった。
体が沈み込むと同時に、全方向からフワフワの反発力に包み込まれ、自分の体重がどこへ行ったのか全く分からなくなる。硬い石の床で過ごした二日間の反動も相まって、その落差は脳が溶けるほどの快感だった。
呪われた黒騎士騒動と、理不尽な投獄。
色々あった第六宿場町だったが、極上の肉と、この『含有率45パーセント』の至福のベッドを前にしては、すべて些細な出来事にすぎない。
「次は……いよいよ50パーセントか……むにゃ」
僕は、下界のしがらみもストレスもすべて雲の彼方へ消し去り、空に溶けるような極上の眠りへと落ちていくのだった。
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