■第69話 最大の宿場町と雲カート、そして含有率40パーセントの和室
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第四宿場町での清々しい朝。
雲含有率30パーセントの極上布団から名残惜しくも這い出した僕は、宿の食堂で朝食の席に着いた。
「お待ちどおさま! 当宿自慢の『空たま定食』だよ!」
運ばれてきたのは、炊きたてのホカホカご飯と、昨日おやつに食べた『空たま』。そして特製のダシ醤油だ。つまり、究極の「卵かけご飯(空たまかけご飯)」である。
僕はソフトボール大の真っ白な空たまを、雲でできた殻ごとそのまま熱々のご飯の上に乗せた。そして上からダシ醤油をタラリと回しかけ、お箸で一気にかき混ぜる。
「おおっ……! 殻が溶けていく!」
ご飯の熱と醤油の水分で、綿あめのような雲の殻が「しゅわっ」と心地よい音を立てて溶け出し、中から溢れた濃厚な黄身と完全に一体化した。
かき込むと、溶けた雲の殻がメレンゲのようにご飯全体をフワッフワに包み込み、濃厚なのに羽のように軽い、極上の卵かけご飯となって胃袋に収まっていく。
「最高だ……! これなら朝から何杯でもいけそうだな」
極上の朝食でたっぷりとエネルギーを補給した僕は、女将さんに礼を言い、第四宿場町を後にして再び白亜の大階段を登り始めた。
どこまでも続く真っ白な大雲海を見下ろしながら、純銀の鎧を鳴らしてサクサクと階段を駆け上がること数時間。
やがて前方の視界が大きく開け、そこに現れた光景に僕は思わず足を止めた。
「で、デカい……! なんだこれ!」
それは、もはや「宿場町」というスケールを遥かに超えた巨大都市だった。
天空の浮島に至る道中、最大の面積を誇る第五の街。視界の端から端まで、無数の建物や市場のテントが地平線の彼方までひしめき合っている。
「これは……歩いて回るのは絶対に無理だな」
街の入り口で途方に暮れていると、陽気な案内人のおじさんが声をかけてきた。
「ようこそ! お兄さん、この広い街を歩いて回る気かい? 移動なら『雲カート』を使いなよ!」
「雲カート?」
おじさんが指差した先には、フワフワの「雲」で作られた一人用のカゴに、プロペラのような「風車」が取り付けられた不思議な乗り物が並んでいた。
「操縦は簡単さ! この風車が回って推力を確保するんだ。手元のレバーで風車の向きを変えれば進行方向もスイスイ変わるから、初めてでもすぐに乗れるぞ! カゴが雲だから、ぶつかっても痛くないしね」
「なるほど、それは便利だ! 一台借りるよ」
僕はさっそく雲カートに乗り込んだ。
レバーを倒すと、後ろの風車が勢いよく回り出し、ふわりと体が浮いたかと思うと、音もなく街中へと滑り出した。
「おおっ! 結構スピード出るな! 楽しい!」
バケモノ級の筋力で歩くのも速いが、やはり乗り物の疾走感は格別だ。僕は雲カートを駆って、巨大な街を観光気分でスイスイと駆け抜けた。
街の中央にある巨大な円形広場に差し掛かると、ものすごい熱気と大歓声が耳に飛び込んできた。
「いけぇぇっ! そのまま突っ走れぇっ!!」
「ダメだ、カーブで膨らんだぞ!!」
「なんだなんだ?」
カートを停めて覗き込むと、広場の外周に作られた広大な専用コースで、数台の『競技用雲カート』が猛烈なスピードでレースを繰り広げていた。
空の風を読み、絶妙な風車さばきでドリフトしながらコーナーを攻めるレーサーたち。まさに空のモータースポーツだ。
「お兄さん、この街名物の『雲カートレース』だよ! どうだい、どのカートが優勝するか一口賭けていかないか?」
「おっ、ギャンブルか! いいね、せっかくだから遊んでいこう」
僕のアイテムポーチの中には、王家から貰った「無限に引き出せる国庫レベルのカード」がある。金銭的な余裕は腐るほどあるのだ。たまには全てが上手くいくわけではないスリルを楽しむのも悪くない。
オッズを見ると、一番人気は連勝中のエリート機『赤い風車』号。そして一番の大穴は、ボロボロの車体をモフモフの毛皮でデコレーションした『ド根性・空毛獣』号だった。
「よし、じゃあこの大穴の『ド根性・空毛獣』号に賭けるよ!」
合図と共にレースがスタート!
僕が賭けた大穴カートは、カーブでフラフラと壁の雲にぶつかりながらも、直線に入った瞬間に風車から爆発的な推力を生み出し、先頭集団をごぼう抜きにしていくという、まさに脳筋スレスレの走りを見せた。
「いけええぇぇっ! そのまま突っ切れぇぇっ!!」
僕もすっかり熱中して、周りのお客さんたちと一緒に拳を突き上げて絶叫した。
そして最終コーナーを抜け、ド根性号がトップでゴールテープへ――!
ボフゥンッ!!
「……あ」
あと数メートルというところで、ド根性号の風車が限界を迎え、雲の煙を噴いて見事にエンストしてしまった。そのまま後続のカートに次々と抜かれ、結果はまさかの最下位。
優勝したのは、終始安定した走りを見せていた一番人気の『赤い風車』号だった。
「あーあ、止まっちゃったかぁ」
「惜しかったね、お兄さん!」
「はははっ、まあいいさ! 応援して叫んだだけでも十分楽しめたしね」
僕は手元の外れ券を笑いながら丸めてポイと捨てた。
全てが上手くいくわけじゃない。たまにはこうして負けて悔しがるのも、純粋な娯楽のスパイスだ。お金なら有り余っているし、何よりこの熱気の中で大声を出せただけで大満足だった。
レースの興奮と、広大な街の散策を存分に楽しんだ後、僕は街で一番の宿屋へと向かった。
そこは、これまでの石造りの洋風な宿とは違い、木の香りとイグサの匂いが漂う、純和風の落ち着いた旅館だった。
「おおっ……ここは『和室』か! 落ち着く空間だな」
案内された部屋の障子を開けると、夕焼けに染まる雲海の絶景が広がっていた。
そして、畳の中央に堂々と敷かれていたのは、これまでで一番分厚く、真珠のような光沢を放つ純白の布団だった。
「お客さん。当宿のお布団は、雲含有率40パーセントでございます。ごゆっくりとおくつろぎください」
女将さんが誇らしげに微笑み、一礼して部屋を出て行った。
「つ、ついに40パーセント……! 半分目前だぞ……!」
僕はワクワクしながら純銀の鎧を脱ぎ捨て、い草の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、その分厚い敷布団へと倒れ込んだ。
ボッフゥゥゥゥゥゥゥンッ……!!
「っっっっ!!!!」
声が出なかった。
30パーセントの時の「体が浮くような反発力」に、さらに「底なしの包容力」がプラスされている。
背中から腰にかけて、重力というものが完全に消失したかのような錯覚。それでいて、和室の落ち着いた香りと、布団の表面のサラリとした質感が、疲れた筋肉と神経を極限まで甘やかしてくる。
「だ、ダメだ……。寝返りを打つだけで、体がポヨンって宙に浮く……」
もはや抗うことなど不可能だった。
巨大宿場町の夜。僕は、雲カートレースの清々しい敗北の余韻と、含有率40パーセントの圧倒的な暴力(柔らかさ)の前に完全に白旗を上げ、幸せすぎる気絶(睡眠)へと落ちていくのだった。
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