■第62話 気楽な寺院への別れと、天空への旅立ち
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ギルドでの狂乱を後にした僕は、潮風が吹き抜ける運河沿いの路地を歩き、お馴染みとなった『気楽な寺院』の前に立った。
貝殻の風鈴がカランッと鳴る音を聞きながら、中へと足を踏み入れる。
「いらっしゃーい。あ、一般人様……じゃなくて、もう『完全踏破者様』って呼んだ方がいいですか?」
ハンモックに揺られていた神官ちゃんが、本から顔を上げてニシシと笑った。どうやら、僕が迷宮の最深部に到達したという噂は、すでにこの街の端にある寺院にまで届いていたらしい。
「相変わらず耳が早いね。おかげさまで、無事にテストをクリアして、次の迷宮への鍵を貰えたよ」
「おめでとうございます! 一般人様のあのとんでもない筋力と、うちの女神様のポーションがあれば当然の結果ですね!」
ハンモックからぴょんと飛び降りた彼女に、僕はポーチから例の『黒金のカード』を取り出して見せた。
「それでね、ちょっとした報告なんだけど。道中で生け捕りにしたデカい亀が、王家に国庫レベルの額で買い取られちゃってさ。これ、無限にお金が引き出せるカードらしいんだ」
「……はい?」
「だから、今までのお礼も兼ねて、この寺院にドカンと寄進しようと思って。神官ちゃん、これでハンモックどころか、純金製のふかふかベッドとか買えるよ」
僕がサラッと告げると、神官ちゃんは数秒ほど瞬きを繰り返した後、「にゃああああああっ!?」とこれまでにない大声で悲鳴を上げた。
「こ、こっこっこ国庫レベル!? む、無限!? だ、ダメですよそんなの! 私みたいな平の神官がそんな大金を受け取ったら、本部の偉い人たちに目ぇつけられて、気楽なスローライフが終わっちゃいます!!」
「ええっ、せっかくの恩返しなのに」
「気持ちだけで十分です! 一般人様が無事に帰ってきてくれただけで、女神様も私も大満足ですから!」
彼女はぶんぶんと首を横に振り、絶対にカードを受け取ろうとしなかった。
しかし、その背後にある祭壇の『女神像』だけは、莫大な寄進の気配を察知したのか、かつてないほど激しくピカピカと明滅して猛烈な自己主張をしている。どうやら女神様の方は、純金製の神殿を建てる気満々らしい。
「女神様、落ち着いて! 煩悩がダダ漏れですよ!」
神官ちゃんが慌てて女神像をペチペチと叩く姿がおかしくて、僕は思わず吹き出してしまった。
「はははっ! 分かった分かった、お金の寄進はやめておくよ。でも、これだけは受け取ってよ」
僕はポーチの底から、あの『七色の真珠』を取り出し、神官ちゃんの手のひらにそっと乗せた。
「これは売らなかったんだ。綺麗だから、神官ちゃんにあげる。ペンダントにでもしてよ」
「わぁ……。すごく綺麗……これなら、喜んで貰っちゃいます! 女神様には内緒で、私の宝物にしますね」
神官ちゃんは七色の真珠を大切そうに両手で包み込み、満面の笑みを浮かべた。
「それじゃあ、僕はそろそろ行くよ。次の舞台は『天空の浮島』らしいんだ」
「空、ですか……! 海の次は空なんて、一般人様の冒険は本当にスケールが大きいですね。……あ、ちょっと待ってください!」
神官ちゃんは急いで祭壇の奥へ駆け込み、一つの木箱を抱えて戻ってきた。
「はい、これ! 餞別です。空の迷宮で、またうちのポーションが必要になるかもしれませんから!」
「ありがとう。最後まで頼りっぱなしで悪いね」
僕はずっしりと重い木箱をアイテムポーチに詰め込み、海神の使いから貰った『青色の鍵』を取り出した。
鍵に魔力を込めると、寺院の空間がぐにゃりと歪み、青空と白い雲が渦巻く巨大な光の扉が出現した。
「じゃあね、神官ちゃん。おかげで最高の海中探索だったよ」
「はい! 空の迷宮でも、一般人様のバケモノ級の活躍を祈ってます! いってらっしゃい!!」
神官ちゃんが大きく手を振る中、僕は純銀の鎧を鳴らし、光の扉へと足を踏み入れた。
水上都市アクアリアでの、泥臭くも痛快な脳筋フィッシングと深層探索はこれにて完結。
次なる舞台は、足場すらない未知の領域――『天空の浮島』。
「さあ、次はどんな魔物が待ってるか……空の底力、見せてもらおうじゃないか!」
眩い光に包まれながら、僕は新たなる空の冒険へと、力強く飛び立っていった。
(第三部 完)
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