■第132話 まったりオーラの洗礼と、最優先のスコップ
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「ハァ……ハァ……。やったぞ、大豊作だ……」
泥だらけの麻袋には、色鮮やかな花や葉っぱ、そして苦労の末に素手で掘り出した『千年樹の根』や『微睡みマンドラゴラ』がパンパンに詰まっていた。
しかし、大収穫の達成感に浸る僕の手元には、もう『気付けのポーション』が数口分しか残っていなかった。
「さすがにこれ以上粘るのは危険だな。今日は一度、街に戻ろう」
僕は重い麻袋を肩に担ぎ直し、ダンジョンの出口へと向かって歩き出した。
目的のレア素材を手に入れた安心感からか、僕の心の中にわずかな「油断」が生じていた。ポーションを節約しようと飲む間隔を少し開けてしまったのが、運の尽きだった。
「ふわぁ……あれ? なんだか、急に……」
出口まであと少しという浅い階層で。
ダンジョン内に立ち込める甘く重い『まったりオーラ』が、隙を見せた僕の意識に容赦なく襲いかかってきた。
まぶたが鉛のように重くなり、足から力が抜けていく。
「だ、だめだ……ここで寝ちゃ……っ。ポーションを……」
腰のポーチに手を伸ばそうとしたが、指先が言うことを聞かない。
ズズズ……と膝から崩れ落ち、ダンジョンのふかふかの苔の上に倒れ込んでしまった瞬間、僕の意識は温かい闇の中へと完全に溶けていった。
……
…………
「――おい、あんた。大丈夫か?」
「んみゅ……あと五分……」
「五分じゃねえよ、起きな。完全に『まったり』に当てられてるぜ」
肩をゆさゆさと揺さぶられ、僕はハッと目を覚ました。
飛び起きると、目の前には呆れ顔をした三人組の冒険者パーティが立っていた。彼らの手には、僕が持っていたのと同じ『気付けのポーション』の空き瓶が握られている。
「あ、あれ!? 僕は確か……」
「ダンジョンの通路のど真ん中で、スライムと一緒にいびきかいて爆睡してたんだよ。ポーションの残量を見誤ったんだろ? ほら、気付け薬を少し飲ませてやったから、もう立てるはずだ」
リーダーらしき剣士の青年が、手を差し伸べてくれた。
「す、すみません! 助かりました……っ」
「いいってことよ。採取の帰りに安心しちゃって寝落ちするのは、このダンジョンに来たばかりの『初心者にはよくあること』だからな」
「はははっ、俺たちも最初の頃はよく先輩たちに起こしてもらったもんさ」
後ろの魔法使いや斥候の男たちも、優しく笑ってくれている。
百の軍勢を一人で殲滅し、数々の伝説(勘違い含む)を打ち立ててきたこの僕が、まさかダンジョンの道中で寝落ちして他の冒険者に助けられることになろうとは。
「戦わないダンジョンだと思って、完全に舐めてました……。本当にありがとうございます」
「おう、気をつけて帰れよー!」
彼らに深く頭を下げて礼を言い、僕は逃げるようにダンジョンを後にした。
戦闘とは全く違うベクトルでの「敗北」の洗礼。このダンジョン、ある意味でどこの迷宮よりも恐ろしいかもしれない。
街に戻った僕は、冒険者ギルドでの換金や、『平和な寺院』の神官ちゃんへの寄進よりも先に、猛ダッシュである場所へと向かっていた。
カランコロンッ!!
「いらっしゃいま――にゃあっ!? お兄さん、全身泥だらけじゃないの!」
『黒猫の宝箱・まったり支店』のドアを勢いよく開け放つと、カウンターにいた黒猫のお姉さんが尻尾の毛を逆立てて驚いた。
「お姉さん!!」
僕は血走った目でカウンターに詰め寄り、泥だらけのガントレットでドンッ! と机を叩いた。
「この店で一番いい『スコップ』をくれ!! 根っこを掘り出しやすい、最高のやつだ!!」
「ス、スコップ!? ああ、なるほど。ツルハシとハサミしか持っていかなかったから、素手で土を掘る羽目になったのね……にゃふふ、そういうことなら任せなさい!」
僕の悲痛な叫びの理由を瞬時に察したお姉さんは、得意げに笑って奥の棚から一本の小ぶりなシャベルを取り出してきた。
「ジャジャーン! これぞ採取家垂涎の逸品、『根こそぎのお手軽スコップ』よ!」
「根こそぎ……!」
「これを使えば、硬い岩盤混じりの土もサクサク掘れるし、何より魔法の力で『植物の根っこを自動的に避けて土だけをすくってくれる』優れモノなの! これさえあれば、手や爪を泥だらけにする必要なんて一切ナシよ!」
「自動で根っこを避けてくれる……!? 買う! それいくら!? 言い値で買うよ!!」
まさに今の僕が喉から手が出るほど欲しかった夢のアイテムだ。
僕はギルドの換金前で手持ちの金貨が少なかったため、手付金として銀貨をありったけカウンターに積み上げた。
「まいどありー! にゃはは、お兄さんってば相変わらずいいお客さんねぇ!」
「これで……もう二度と、あんな素手での土掘り地獄を味わわなくて済むぞ……!」
最重要課題であった『根っこ採取用スコップ』を無事に手に入れ、僕は深い安堵の息を吐いた。
『反応のツルハシ』『誘導のハサミ』、そして『根こそぎのお手軽スコップ』。これで採取用の三種の神器が完全に揃ったわけだ。
「よしっ。次こそは寝落ちなんてヘマはしない! 完璧な装備で、ダンジョンの奥底までしゃぶり尽くしてやるぞ!」
泥だらけの顔に不屈の闘志を燃やしながら、僕はその足でギルドの換金所へと向かった。
まったりダンジョンでの採取生活は、まだ始まったばかりだ。
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