■第131話 花の群生と、地道で過酷な根掘り作業
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「ふぅ……だんだん、このダンジョンの生態系や傾向が分かってきたぞ」
『気付けのポーション』をちびちびと口に含み、ミントのような強烈な刺激で霞みかける意識を覚醒させながら、僕は周囲をぐるりと見渡した。
どうやらこの中層エリアは、鉱石よりも植物の群生の方が圧倒的に多いようだ。
岩肌に僅かに光る鉱石も見られるが、足元や岩陰には、地上では絶対に見られないような色とりどりの花を咲かせた高山植物や、発光するキノコ、不思議な形のシダ植物などが、まるで手入れされた箱庭の絨毯のように広がっている。
あちこちで魔物たちが無防備にいびきをかいている平和な光景も相まって、ここは本当にダンジョンなのかと疑いたくなるような美しさだった。
『あっちあっち!【月下香】の花が満開だぞ! 夜になると強く香る、高級香水や幻惑薬の素材だよ!』
『足元注意!【星屑草】の葉っぱだ! 傷薬の素材になるから、ちぎらないようにね!』
左手に持った『誘導のハサミ』の吹き出しが、次々と植物の種類と採取すべき部位をナビゲートしてくれる。
花や葉っぱが目的の植物なら、まさにこのハサミの独壇場だ。
「よし、これならサクサクいけるぞ!」
チョキッ! チョキッ!
僕はハサミを軽快に動かし、花びらを傷つけないように、葉っぱを綺麗な状態で切り取っていく。
先ほどのツルハシを使った時の、岩を叩き割ってしまいそうな絶妙な力加減の難しさや、スコップなしで土を掘り返す苦労に比べれば、格段にスムーズでストレスフリーな作業だ。
「楽しい……! 戦闘の殺伐さがない分、純粋にコレクションを集める喜びに没頭できるな」
純銀の『飛竜の雲海鎧』をガシャガシャと鳴らす重武装の騎士が、お花畑でしゃがみ込んで可憐な花をチョキチョキと摘んでいる。客観的に見ればひどくシュールな光景だろうが、今の僕にはそんなことを気にしている余裕はない。
手元の麻袋は、あっという間に色鮮やかな花や薬草の葉で満たされていった。
だが、ハサミが示す吹き出しをよく観察していると、ある明確な事実に気がついた。
(……花や葉っぱの植物も珍しいけど、やっぱり『激レア』って赤文字で表示されるのは、土の中にある『根っこ』を採取する植物ばかりだな)
特別な薬効や強い魔力を秘めている素材は、このダンジョンの豊かな土壌の養分を直接吸い上げている「根」の部分に集中しているらしいのだ。
やがて、激レア素材の気配を察知したハサミが、ぐいぐいと僕の手を引いて、岩陰の奥にある一際大きな葉を持つ植物の前でピタリと止まった。
『激レア発見!!【千年樹の根】だ! 万能薬の主成分になる、超々高級素材だよ! 根を傷つけずに全部掘り起こしてね!』
「出たな、激レアの根っこ……!」
僕は手元のハサミと、背中のツルハシを交互に見比べた。
スコップはない。かといって、ツルハシで力任せに叩けば、貴重な『万能薬の主成分』が木っ端微塵になるのは目に見えている。
「……やるしかないか」
僕は覚悟を決め、ツルハシの先端を木彫りのノミのように使いながら、千年樹の根の周りの土を慎重に崩し始めた。
「チビチビ……ッ! ハァ……ハァ……」
『気付けのポーション』で強烈なまったりオーラに抗いながら、地道に指先で土をかき出す。
花や葉っぱをサクサクと集めていた時の軽快さはどこへやら。ガントレットを外し、生身の指先と爪の間に泥を詰め、額に汗を浮かべながらの、果てしなく泥臭い手作業だ。
「くそっ、なんで僕はスコップを忘れたんだ……! 街に帰ったら、黒猫のお姉さんのところで一番高くていいスコップを絶対に買ってやる……っ!」
ブツブツと文句を言いながらも、僕の手は止まらない。
少しずつ、少しずつ。土の奥深くから、複雑に絡み合った太い根っこが姿を現してくる。最後に絡まった根の先端をそっと土から引き抜いた瞬間、ハサミの吹き出しが『お見事ぉぉぉっ!! 完全無傷で採取成功だぞ!!』と大興奮で祝ってくれた。
「はぁ……はぁ……やった……!」
泥だらけの両手で掲げた太い根っこからは、ジンジンと強い魔力が伝わってくる。
「やっぱり、苦労して手に入れたレア素材は格別だな……って、あれ?」
達成感に浸る間もなく、左手の『誘導のハサミ』が、これまでで一番強い力で僕の手首を奥へと引っ張り始めた。
吹き出しの文字が、見たこともない黄金色に点滅している。
『ちょ、超絶激レア反応ありぃぃ!! この先、地中深くに【微睡みマンドラゴラ】が埋まってるぞ!!』
「マンドラゴラ!? 引っこ抜くと奇声を上げて人を呪い殺すっていう、あのヤバい植物か!?」
僕は慌ててハサミに引っ張られるまま進み、少し開けたふかふかの腐葉土の前に辿り着いた。地面からは、ちょこんと可愛らしい双葉だけが顔を出している。
『ここのマンドラゴラは叫ばないよ! 代わりに、引っこ抜かれまいとして極上の【子守唄】を歌うんだ! 根っこが切れないように、周りから深く深く掘り下げてね!』
「子守唄って……ただでさえこのダンジョンの『まったりオーラ』がキツいのに、これ以上眠気を誘う攻撃をしてくるっていうのか!?」
僕は戦慄しながらも、未知の超絶激レア素材への好奇心に勝てず、意を決して双葉の周囲の土を素手で掘り始めた。
「チビチビ……ッ! よし、掘るぞ……!」
少し土をかき分けた瞬間、地中から「フフフ〜ン♪」という、とろけるように甘く優しいハミングが響き渡った。
「――っ!? ぐああっ、なんて強力な睡眠魔法……ッ!」
脳髄が直接マッサージされているような、抗い難い心地よさ。まぶたが鉛のように重くなり、今すぐこの腐葉土のベッドにダイブして永遠の眠りにつきたくなる。
「だめだ……! 寝るな、僕っ!」
僕は『気付けのポーション』をガブ飲みし、涙目で鼻水をすりながら、必死に土を掘り進めた。
スコップがないため、両手は泥だらけだ。少しでも根を傷つければ価値が下がるため、眠気と戦いながら極限の集中力で指先を動かさなければならない。
(これ……ボス戦よりキツいんじゃないか!?)
「ハァッ……ハァッ……! チビチビ……ッ! もう少し……!」
格闘すること数十分。
ポーションの残りが底をつきかけ、僕の意識がいよいよ限界を迎えようとしたその時――ズボッ! と小気味良い音を立てて、丸々とした人型の根っこが土の中から飛び出した。
『ヤッタァァァァッ!!【微睡みマンドラゴラ】、完璧な状態で採取完了!! 伝説の採取家の誕生だぁぁっ!』
「……やった……! やってやったぞおおぉぉっ!!」
僕は泥だらけのまま、黄金色に輝くマンドラゴラを天高く掲げて叫んだ。
周囲の魔物たちが「むにゃ……うるさいなぁ」と寝返りを打つ中、僕は凄まじい達成感と疲労感に包まれていた。
「ハハハ……剣を振るより泥臭いけど、採取って……最高に面白いな……!」
痛恨のスコップ忘れによる手作業の地獄。
しかし、その地道な土掘りの果てに得た激レア素材の重みは、バケモノ級のステータスで無双するのとは全く違う、新たな冒険の喜びを僕に教えてくれていた。
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