■第118話 脱力の鋭さと、平凡な道場への再訪
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弟子入り志願者たちの熱烈な猛攻を敏捷性で強引に振り切り、僕は再び一人で『はじまりの迷宮』の深部へと戻ってきた。
「ふぅ……やっぱり、ソロは静かで落ち着くな」
ひよっこたちとの共同戦線を終え、完全なソロに戻った僕の足取りは、以前よりもずっと軽やかだった。
暗い洞窟の通路を突き進むと、前方に広がる大広間から、地鳴りのような咆哮とともに魔物の群れが姿を現した。
ハイオーク、ホブゴブリン、さらには大盾を構えた鉄甲コボルトなど、五十体を超える上位種の混成部隊だ。
「ギガァァァァッ!!」
以前の僕なら、速攻でバフポーションを呷り、100パーセントのバケモノ筋力で大根を叩き切るように剣を叩きつけていただろう。
だが、今の僕は違う。
腰を落とし、脱力した状態で『雲海の剣』を中段にゆったりと構えた。
「――来いよ」
先頭のハイオークが、力任せに大剣を振り下ろしてくる。
僕はその鋭い一撃を正面から受け止めず、半歩滑り込みながら、相手の刃の側面に自分の刀身をすっと添わせた。
キィィィン……ッ!
澄んだ金属音とともに、ハイオークの大剣があらぬ方向へと滑り、石畳を深く穿つ。
体勢を激しく崩したハイオークの無防備な首元へ、僕は手首の返しだけで剣先を閃かせた。
ズバッ。
「……おおっ!?」
手応えの軽さに、自分自身で驚いてしまった。
力で押し切っていた時よりも、はるかに少ない力(20パーセント程度)しか込めていないのに、相手の硬い肉と骨がまるで豆腐のように容易く断ち切れたのだ。
(そうか……! 力を抜いた(脱力した)ことで、腕の振りのスピードと切れ味が跳ね上がってるんだ!)
これまでは100の筋力に任せて「重い塊」を叩きつけていた。
だが、肩の力が抜け、素直に剣の軌道と遠心力を活かせるようになったことで、刃が最高のマッハの速度で空間を切り裂くようになったのだ。
「なら、これでどうだ……『飛ぶ斬撃』!」
無駄な力みを削ぎ落とし、しなやかな動作から放たれた三日月型の斬撃は、以前よりもひと回り細く、しかし研ぎ澄まされた刃のように空気を切り裂いて飛んでいった。
シュガァァァァンッ!!!
「ガッ……!?」
大盾を構えていた鉄甲コボルトの隊列を、鋭さを増した風の刃が寸分の滞りもなく一瞬でスッ……と両断していく。
「すごいぞ……! 戦闘がめちゃくちゃ楽だ!」
受け流しで相手の体勢を崩し、脱力した一閃で切り伏せる。
息が上がることもなく、体力回復ポーションを飲む頻度すら激減していた。
「バケモノのスタミナ(ガスタンク)」と「無駄のない切れ味」が組み合わさったことで、僕のソロ戦闘能力は次元の違うレベルへと引き上げられたのだ。
あっという間に五十体の上位種を全滅させ、手際よく解体を済ませた僕は、ホクホク顔で地上へと戻ってきた。
「……ふむ。あの道場の師範に、報告がてら話を聞きに行ってみようか」
ギルドでの換金を終えた僕は、ふと思いついて町のはずれにある『平凡な道場』へと向かった。
一週間、ひたすら山を走らされ、剣術を一切教えてくれなかったあの裏山の特訓。
当時は「体力を増やしてゴリ押せ」という意味だと思っていたが、今の僕なら、あの師範が言わんとした真意がもう少し理解できる気がしたのだ。
ガララ……と道場の引き戸を開けると、奥で竹刀の手入れをしていた白髪交じりの老師範が、ゆっくりと目を上げた。
「……なんの用だ。走るだけの稽古はもう終わったはずだぞ」
「師範、こんにちは。お礼と、ちょっと報告に来たんです」
僕が構えをとらず、自然体で道場の板間に立つと、師範の鋭い眼光が僕の全身をじっくりと観察するように走った。
「……ほう」
師範は手にしていた竹刀を置き、顎髭をさすりながらニヤリと小さく口角を上げた。
「肩の力が抜け、足裏が静かに地についとるな。あのバカみたいな力みが失せ、身のこなしに風が混じるようになった」
「分かりますか? 迷宮で初心者のサポートをしているうちに、相手の攻撃を『受け流す』コツが掴めたんです。そしたら、力を抜くことで逆に剣の切れ味が格段に上がって……」
僕が嬉しそうに報告すると、師範は「ハッ」と鼻で笑った。
「当たり前だ。カチカチに力んだ腕で振る剣など、ただの重い棒切れに過ぎん。骨と肉を通り抜けさせるのは『重さ』ではなく『速さと抜け』よ」
「やっぱり、師範は最初からそれが分かってて、僕を走らせたんですか?」
僕が尋ねると、師範は腕を組み、不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。
「頭で『力を抜け』と言われて抜けるような素直な体をしておらんかったからな、お前は。限界まで体力を使い果たさせ、身も心も疲れ切った時にしか、人間は本当の『脱力』を覚えんのだ」
「なるほど……!」
裏山を無限に走らされた地獄の特訓。
あれは単にスタミナの底を広げるだけでなく、僕のバケモノじみた余分な力みを削ぎ落とすための、師範なりの『仕込み』だったのだ。
「小手先の技術(型)など知らんままでいい。力を抜き、相手の力を流し、お前自身の速さで斬れ。それがお前というバケモノの『平凡な剣』だ」
「……ありがとうございます、師範!」
僕は深く頭を下げた。
型にハマった美しい剣術ではなく、泥臭い実戦の中で磨かれた自分だけの『脱力と受け流し』。
道場を後にする僕の背中に、師範の静かな見送りの気配を感じながら、僕は自分の成長に大きな確信を得ていた。
理屈と実戦が噛み合い、完全なる『省エネ・高威力』の戦術を完成させた僕は、いよいよ『はじまりの迷宮』の未到達エリア――誰も立ち入ったことのない真の深層へと挑むべく、再び力強く歩み出すのだった。
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