■第106話 平凡な道場の特訓と、脳筋への完全回帰
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「ここが『平凡な道場』か……」
町のはずれにあるその建物は、名前の通り、ごくありふれた木造の平屋だった。
中に入ると、数人の若い町人や駆け出しの冒険者たちが、竹刀を振って汗を流している。そして道場の奥には、白髪交じりの短髪で、鋭い眼光を持った小柄な老師範が座っていた。
「頼みもぉす!」
「……ほう。見慣れん顔だが、入門希望か?」
僕は師範の前に進み出て、事情を説明した。
集団戦でスタミナの消耗が激しいため、無駄な力を抜いて省エネで戦えるような、洗練された剣術の基礎を学びたい、と。
師範は僕の全身を包む『飛竜の雲海鎧』をジロリと一瞥すると、無造作に一本の木刀を放り投げてきた。
「御託はいい。まずは、全力で素振りを一本やってみせろ」
「わかりました!」
僕は木刀を上段に構え、深く息を吸い込んだ。
レベル28のバケモノ級ステータスから放たれる、長年の(といっても異世界に来てからだが)実戦と素振りで培ったフルスイング。
「ふんっ!!」
ブォォォォォォンッ!!!
木刀が空気を叩き割る凄まじい風切り音が道場内に轟き、突風で道場の障子がガタガタと激しく揺れた。稽古をしていた門下生たちが「ひぃっ!?」と腰を抜かしてへたり込む。
「……こんな感じです。これだとすぐバテちゃうんで、力の受け流しとかを……」
僕が木刀を下ろし、照れくさそうに振り返った、その瞬間だった。
「やめい。今すぐ木刀を置け」
「えっ?」
「お前のようなバケモノに教える剣術など、この道場にはない。外へ出ろ」
師範は立ち上がると、道場の裏手にある険しい裏山を指差した。
「今日からお前は、ひたすらあの山を走れ。木刀は一本たりとも振らなくていい」
「……はい?」
「日が暮れるまでだ。止まるな、走れ!!」
師範の怒声に気圧され、僕は訳も分からないまま道場を飛び出し、裏山のロードコースを走り始めた。
そこからの一週間は、文字通りの『地獄』だった。
僕のバケモノじみた体力を削り切るために、師範が課した裏山のコースは異常だった。足場の悪い急斜面、泥沼、さらには重い丸太を背負わされての山道ダッシュ。
食事と睡眠の時間以外は、本当に休む間もなく基礎体力を徹底的に鍛え上げられた。
「し、師範……! ハァ、ハァ……! いつになったら、省エネの剣術を……!」
「口を動かす暇があるなら、足を動かせ! ひたすら走れ!!」
剣術の型など一切教えてもらえない。木刀に触れることすら許されない。
ただひたすらに、限界を超えて走り、筋力を酷使し続けるだけの毎日。
僕も次第に意地になり、「絶対にバテずに走り切ってやる!」と無我夢中で裏山を駆け回り続けた。
そして、一週間が経過したある日の夕暮れ。
「……あれ?」
丸太を背負って急斜面のロードコースを走り終えた僕は、自分の体の異変に気がついた。
最初の頃は、いくらステータスが高くても心臓が破けそうなほど息が上がっていたあの過酷なコースを、今では全く息を乱すことなく、涼しい顔で完走できていたのだ。
「スタミナの底が、さらに広がったのか……?」
自分の体の変化に驚いていると、道場の縁側に立っていた師範が、静かに口を開いた。
「……もう、ここへは来なくていい」
「えっ? 破門ですか!?」
「教えることはすべて教えた、ということだ」
師範は僕を見据え、真っ直ぐに言った。
「お前の剣は、圧倒的な膂力とスピードによる『一撃必殺の暴力』だ。そこに今さら、小手先の省エネ技術や受け流しなどという半端なノイズを混ぜれば、お前の最大の長所である『迷いのなさ』が完全に死ぬ」
「……長所が、死ぬ……」
「そうだ。百の敵に囲まれてスタミナが切れるというのなら、百回全力で振ってバテる体を、千回全力で振ってもバテない体に変えればいいだけのこと。お前に必要なのは技術ではない。底なしの『体力』だ」
つまり、今更剣術を習ってスマートに立ち回るのではなく、今まで通り『全力で押し切れ』ということだったのだ。
「理にかなった省エネなど、お前には似合わん。一生、泥臭く剣を振り回し続けるがいい」
師範の言葉はぶっきらぼうだったが、不思議と僕の腑にスッと落ちた。
そうだ。僕の原点は「ポーションをガブ飲みして、力任せに殴る」ことなのだ。それを忘れて、小綺麗に戦おうとしたのが間違いだったのだ。
「……師範。一週間、ありがとうございました!」
僕は深く一礼し、自分の戦い方(脳筋)への完全なる肯定を胸に、道場を後にした。
とはいえ、結局「スマートな剣士」にはなれなかったという事実に、ほんの少しだけトボトボとした足取りになりながら、僕は町の一角にある『平凡な寺院』へと立ち寄った。
「あ、一般人様! 道場の特訓、お疲れ様でした!」
「神官ちゃん、聞いてよ。結局、剣術は一つも教えてもらえなくて、ただ体力が無限に増えただけだったよ……」
僕が苦笑交じりに愚痴をこぼすと、素朴な神官の少女はクスッと笑い、祭壇の奥から新しい小瓶を持ってきてくれた。
「でも、その増えた体力にピッタリの贈り物が、女神様から届いていますよ!」
「えっ? 新しいポーション?」
彼女が差し出してくれたのは、太陽のような温かいオレンジ色に発光する液体だった。
「はい! こちら『体力回復ポーション』です!」
「体力回復……って、普通の回復薬とは違うの?」
「怪我を治す治癒薬ではありません。これは、純粋に『消費したスタミナ(疲労)』を一瞬で全回復させるためのポーションです! 大乱戦で息が上がっても、これを飲めばすぐにまた全力で剣を振れるようになりますよ!」
その説明を聞いた瞬間、僕の目の前がパァッと明るくなった。
道場の特訓で底なしに拡張された基礎スタミナ。
それに加えて、疲労を一瞬でリセットできる『体力回復ポーション』。
「……最高じゃないか! これがあれば、魔物が何百体湧こうが、永遠にフルスイングし続けられるぞ!!」
省エネで戦う必要など、もうどこにもない。
バケモノじみた体力とポーションを燃料にして、無限に大技を放ち続ける永久機関の完成だ。
「ありがとう、神官ちゃん! これで、あの迷宮の奥までガンガン進むことができるよ!」
「はいっ! 女神様も、一般人様の全力の戦いを応援しております!」
大量の『体力回復ポーション』をポーチに詰め込み、僕は寺院を後にした。
頭を悩ませていた集団戦への解答は、「スマートな省エネ」ではなく「規格外のゴリ押し」の追求だった。
僕の泥臭い原点回帰の冒険は、無限のスタミナを手に入れ、いよいよ『はじまりの迷宮』の深部へと容赦なく踏み込んでいく。
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