■第105話 血みどろの解体と、平凡な道場への入門
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荒い息を整え、体力と精神力が少しだけ回復したところで、僕は重い腰を上げた。
広間に散乱する、数十体ものゴブリンやオークの死体の山。ダンジョンに潜る以上、避けては通れない『解体』の時間だ。
「……やるか」
僕は『解体用ナイフ』を握りしめ、血と泥にまみれた床に膝をついた。
天空ダンジョンのように、数回剣を振るえば光の粒子となって綺麗な魔石だけが残る親切仕様は、ここにはない。硬い皮膚を裂き、肉をかき分け、生々しい死臭と血の匂いに耐えながら、魔物の胸の奥から魔石を一つ一つ手作業でえぐり出していく。
「ふぅ……これでやっと十匹か。まだまだ先は長いな」
額の汗を手の甲で拭いながら、僕はふと、ギルドの受付嬢が言っていた警告を思い返していた。
『この迷宮の探索は、最低でも六人以上のフルパーティを推奨しております』
確かに、彼女の言う通りだ。
この数を相手にするなら、前衛が壁となり、後衛が魔法や弓で数を減らし、戦闘後には全員で手分けして解体作業を行うのが、最も理にかなった『正解』の攻略法なのだろう。
「一旦町に戻って、酒場でメンバーを募集してみるか……?」
僕は血まみれの手を見つめながら、自問自答した。
だが、その考えは数秒で完全に打ち消された。
「……いや、無理だ。絶対に煩わしい」
天空の浮島で魔法少女ちゃんとパーティを組んだ時は、彼女が純粋で素直なサポート役だったから上手くいった。それに、あの時はお互いの目的が明確で、僕のステータスや秘密(飛ぶ斬撃など)をある程度誤魔化しながらでも立ち回ることができた。
だが、この地上のギルドで、見ず知らずの冒険者たちとフルパーティを組むとなればどうだ?
戦利品の分配で揉めるかもしれない。人間関係のドロドロしたトラブルに巻き込まれるかもしれない。何より、僕のこの『バケモノ級のステータス』を隠しながら、他人の歩幅やペースに合わせて迷宮を探索するなんて、息が詰まって死んでしまう。
「やっぱり、僕はどこまでいっても『ソロ冒険者』なんだ」
誰にも気兼ねせず、自分のペースで突き進む。それが一番気楽で、僕の性に合っている。
ならば、結論は一つだ。
「このままソロで、この集団戦の迷宮を攻略するしかない」
僕は解体作業の手を止め、血に染まった『雲海の剣』を見つめた。
ソロで突き進むと決めた以上、今のままの戦い方ではいずれ必ず限界が来る。それが今日の広間での大乱戦でハッキリと分かった。
僕の戦い方は、一言で言えば『ステータスのゴリ押し』だ。
バフポーションで強化された筋力に任せ、常に100パーセントのフルスイングで敵を粉砕する。一対一、あるいは少数の強敵相手ならそれでいい。
だが、百体を相手にする集団戦において、百回フルスイングを繰り返すのは、あまりにも『燃費(スタミナ効率)』が悪すぎるのだ。
「……省エネだ。もっと省エネで敵を倒す方法を考えなきゃダメだ」
力任せに大根を叩き切るような剣の振り方ではなく、相手の突進の力を利用して受け流し、最小限の動きと力で急所だけを的確に貫く。
無駄な動きを極限まで削ぎ落とし、10パーセントや20パーセントの力で致命傷を与えるような『洗練された技術』。
それこそが、この多勢に無勢の迷宮をソロで生き抜くための唯一の解答だ。
「……言うのは簡単だけどな。どこかに、剣の基礎から効率的な戦い方まで、きっちり叩き込んでくれる都合のいい『師匠』でもいればいいんだけど……」
そこまで独りごちた時、ふと名案が閃いた。
「そうだ。一人で悩んでないで、情報のプロに聞けばいいじゃないか」
数時間後。
凄惨な解体作業を終え、悪臭と疲労にまみれながら町へと帰還した僕は、冒険者ギルドのカウンターに重い麻袋をドンッと置いた。
「お疲れ様です……って、ひぃっ!? こ、これは!?」
麻袋の中身――百体分のゴブリンやオークの魔石を見た受付嬢が、悲鳴を上げてのけぞった。
「しょ、初日からソロで、あの集団戦を生き抜いたばかりか、これだけの数を殲滅してくるなんて……! やはり銀騎士様は常軌を逸しています……!」
「いやあ、ステータスのゴリ押しでなんとかなりましたよ。でも、さすがにちょっと疲れました」
僕は苦笑いしながら、本題を切り出した。
「それで、受付嬢さんに相談があるんですけど。この町で、剣術的なことを教えてくれる『道場』ってありませんか?」
「……はい?」
受付嬢は、山のような魔石と僕の顔を交互に見比べ、露骨に訝しげな顔をした。
「天の守護神を退け、たった一人で百の軍勢をすり潰すバケモノ……いえ、銀騎士様が、今さら『剣術』を習う道場をお探しですか……?」
「ええ。ステータスに任せて力いっぱい剣を振るだけじゃ、燃費が悪すぎるんです。もっとこう、無駄な力を抜いて省エネで戦えるような、洗練された剣術の基礎を学びたくて」
僕が真剣に説明すると、受付嬢は「はぁ……」と深いため息をつき、顎に手を当てた。
「……剣術を基礎から教える場所であれば、町のはずれに一つだけあります。ですが、あそこは町を警備する衛兵や、駆け出しの素人冒険者が木刀の素振りを習いに行くような場所ですよ? 名前もそのままで、『平凡な道場』と言いまして……」
「平凡な道場! それです、僕が求めていたのは!」
「ええっ!? 本当に行かれるのですか!?」
驚愕する受付嬢をよそに、僕はホクホク顔で魔石の換金を済ませた。
バケモノステータスを持つ僕が、平凡な道場で平凡な剣術を習い、究極の『省エネ冒険』を目指す。
泥臭い原点回帰の旅に、また一つ、ワクワクするような目標ができたのだった。
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