■第101話 平凡で過酷な迷宮と、下り階段のストーカー
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天空の守護神レインボー・フェニックスから『攻略の証』を受け取り、天空ダンジョンを完全踏破した翌日。
僕は天空の浮島にある冒険者ギルドのカウンターに立っていた。
「おや、お兄さん。今日はどうされました?」
「次のダンジョンについて、相談したくてさ。次は地上に戻って、どこかごく『平凡なダンジョン』に行きたいんだ」
僕がまっすぐにそう告げると、顔馴染みになった受付の職員さんは不思議そうに小首を傾げた後、新たな迷宮の情報を羊皮紙に広げてくれた。
「天空の次は、あえて平凡な地上ですか。……それでしたら、下界に『はじまりの迷宮』と呼ばれる場所があります。ゴブリンやスライムといった、まさに王道で平凡な魔物しか出ないダンジョンです」
「おお、いいな。そういう王道RPGみたいなのを求めてたんだ」
「ですが、お兄さん。油断は禁物ですよ」
職員さんは急に真剣な顔つきになり、声を潜めた。
「そこは確かに平凡な魔物しか出ませんが……環境や生態系が『非常に過酷』だと言われています。決して、初心者向けの甘い迷宮というわけではないのです」
「平凡だけど、過酷……。なるほど、面白そうじゃないか」
僕のゲーマーとしての好奇心が刺激される。
行き先が確定したところで、僕は天空の浮島でお世話になった人々へ、別れの挨拶をして回ることにした。
まずは、路地の奥にある『怠惰な寺院』だ。
「神官ちゃん、今日でこの空の街を出るよ。今までお世話になったな」
「むにゃ……そっかぁ、行っちゃうんだねぇ……。次のダンジョンに行っても、お祈りのノルマ免除のために魔石の寄進……待ってるからねぇ……」
神官ちゃんは相変わらず巨大クッションと同化したままだったが、最後までヒラヒラと手を振って見送ってくれた。
次は、西区の裏通りにある『黒猫の宝箱・天空支店』へ。
「お姉さん、今までいい魔道具をありがとう。おかげで天空ダンジョンを踏破できたよ。次へ向かうよ」
「にゃあっ!? 本当に地上に降りちゃうの!? 寂しいけど……また地上でも凄い素材を見つけたら、絶対に私に一番に売りに来るのよ!」
黒猫のお姉さんはピンと立てた尻尾を少しだけシュンと下げながらも、最後は商魂たくましく僕を見送ってくれた。
そして最後に、ドワーフ(?)のおっちゃんの工房だ。
「おっちゃん。この『飛竜の雲海鎧』と『雲海の剣』、最高だったよ。本当にありがとう」
「おう! 次のダンジョンがどこか知らねえが、俺の打った最高傑作だ、地上でもどこへ行っても通用するはずだぜ! 達者でな、兄ちゃん!」
おっちゃんの豪快な笑い声と力強い見送りの言葉を背に受け、僕は天空の浮島の入り口――下界へと続く長大な『白亜の大階段』へと向かった。
天を穿つ、果てしなく長い下りの大階段。
レベル29まで上がり、敏捷ステータスが270を超えている僕のバケモノ級の身体能力をもってすれば、手すりを飛び越えてパルクールのように駆け下り、あっという間に下界へ到達することも可能なのだが……僕の足取りは驚くほど遅かった。
理由は一つ。
(ああ……含有率100パーセントの、あの特注『雲のベッド』と『雲の枕』……最高だったなぁ……)
あの、重力を感じさせない究極のフワフワ感。
地上に降りてしまえば、もう二度とあの極上の寝心地と浮遊感を味わうことはできない。そう考えると名残惜しくてたまらず、自然と足取りが重くなってしまうのだ。
「いかに長く極上の雲の枕を堪能するか」に全振りした僕は、各宿場町で無駄に一泊ずつしながら、名残を惜しむようにゆっくりと、本当にゆっくりと階段を下っていった。
(道中の細かなイベントは、お布団を満喫するために全て割愛だ)
そして数日後。
僕は、あの『第六宿場町』へと差し掛かった。
(案内人さん……元気にしてるかな)
かつてこの大階段を共に登り、含有率の暴力に共に身悶えした、亜麻色の髪を持つ絶世の美女。彼女は占い師から同行を命じられたこの地元の第六宿場町に帰って、日常の生活に戻っているはずだ。
僕は大通りの物陰にスッと身を隠し、気配を完全に殺して街の様子を窺った。
ほどなくして、広場で迷える旅人たちに丁寧に道を教えている彼女の姿を見つけた。
「はい、上の宿場町へ向かうなら、こちらの道が安全ですよ。お気をつけて」
透き通るような白い肌と、風に揺れる亜麻色の髪。あの日と変わらない、陽だまりのような優しい笑顔で旅人に接している。
(よかった。元気そうに笑ってる)
ここで声をかけて引き止めてしまうのは無粋だ。彼女には彼女の、平穏な街の日常があるのだから。
僕はただ、壁の陰から彼女の美しい姿を、まるでストーカーのように数分間じっと見つめ続けた。
彼女が幸せそうにしているのをしっかりとこの目に焼き付けると、胸の奥の静かな痛みを隠すようにそっと背を向け、僕は再び誰にも気づかれないように階段を下り始めた。
「ふぅ……着いた」
長い長い大階段をついに下りきり、巨大な山のふもとにある光の扉を抜けると、足元が白亜の大理石から地上の『土』へと変わった。
鼻をくすぐるのは、天空の澄み切った冷たい空気ではなく、少し泥臭くて青臭い、豊かな土と緑の匂いだった。
「さて、ここからがまた長いんだよな」
僕はギルドで貰った羊皮紙の地図を広げた。
ポータルを抜けてすぐの場所に目的の町があるわけではない。ここから『はじまりの迷宮』がある町までは、徒歩で数日の道のりがあるのだ。
僕は『飛竜の雲海鎧』をわずかに鳴らし、鬱蒼と生い茂る森と平原を繋ぐ街道を歩き始めた。
天空の無重力感にすっかり慣れきっていた体が、地上のしっかりとした重力を重く感じる。空にはなかった羽虫が飛び交い、足元では枯れ枝がパキッと折れる。
そんな「地上特有の煩わしさ」すら、今の僕には新鮮で心地よかった。
道中、街道を塞ぐように現れたはぐれゴブリンやスライムといった「平凡な魔物」たちを、準備運動がてら『雲海の剣』でさくさくと一刀両断していく。ワイバーンや高位悪魔と戦い抜いた僕にとって、地上の初期モンスターなど文字通り物の数ではない。
日が暮れれば、街道を少し外れた安全な場所で野宿をした。
枯れ木を集めて焚き火を起こし、揺らめく炎を見つめながら干し肉をかじる。
「雲海牛の極上ステーキと、フワフワの布団が懐かしいな……」
含有率100パーセントのベッドの代わりに、硬い土の上に敷いたマントの上で横になる。背中が痛いが、パチパチとはぜる焚き火の音と土の匂いは、僕に第一部の頃の「泥臭い冒険の原点」を思い出させてくれた。
そうして野宿を重ねながら地上を旅すること数日。
緩やかな丘を越えた僕の視界に、木とレンガで作られた、いかにも王道RPGの初期村が発展したような、のどかで活気のある町並みが飛び込んできた。
「着いた……! ここが、『平凡なダンジョン』のある町か」
空を見上げると、僕が今までいた天空の浮島は、遥か雲の上に隠れて見えなくなっていた。
ギルドの職員さんが言っていた言葉を思い出す。
『そこは確かに平凡な魔物しか出ませんが……環境や生態系が非常に過酷だと言われています』
平凡だけど、過酷な迷宮。
一体どんな王道の魔物たちが、どんな厄介なギミックで待ち受けているのだろうか。
「よし、行くか」
数日間の地上の旅路の土埃を軽く払い、僕は期待を胸に、新しい町へと力強く足を踏み入れた。
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