■第100話(第五部 完) 記憶の欠落と、心に降る天気雨
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天空の守護神レインボー・フェニックスから『攻略の証』を受け取り、僕は一人、迷宮都市バベルへと帰還した。
「おおっ! 帰ってきたな、バベルのバケモノ!」
「見ろよあのメダル、本当に天空ダンジョンを完全踏破しやがったぞ!!」
冒険者ギルドの扉を開けると、瞬く間に歓声が沸き起こった。
顔馴染みの受付の職員さんも、目を丸くして興奮気味に身を乗り出してくる。
「素晴らしいです! やはりお兄さんは本物の英雄ですね! ……それにしても、あの上層階の過酷な環境を、ずっと『完全ソロ』で踏破しきるなんて、本当に信じられません!」
「……え?」
歓喜に沸くギルドの中で、僕だけが不自然な違和感に首を傾げた。
「完全ソロって……魔法少女ちゃんがいただろ? 僕の背中に最高のバフをかけてくれた、小さな相棒が」
「まほう、しょうじょ……ちゃん? 誰ですか、それ?」
職員さんは不思議そうに小首を傾げた。
周囲でジョッキを掲げている冒険者たち――あの上層で命を救い、彼女のバフ魔法を大絶賛していた例の三人組に視線を向けても、彼らはキョトンとした顔をしている。
「何言ってんだ兄ちゃん。あんたはずっと一人で、あの異常な大剣を振り回して天空ダンジョンを無双してたじゃねえか」
……誰も、彼女のことを覚えていなかった。
西区の『黒猫の宝箱・天空支店』へ行っても、黒猫のお姉さんは「一人でこんな大量のレア素材を獲ってくるなんて!」と驚くばかり。
『怠惰な寺院』の神官ちゃんも、「一人でお祈りノルマ免除の魔石を持ってきてくれてありがとぉ……」と寝言のように呟くだけだった。
神界の住人であった小竜が本来の場所へ帰還したことで、この下界に干渉していた「魔法少女ちゃん」という存在そのものが、まるで最初からいなかったかのように、人々の記憶から綺麗に消し去られてしまったのだ。
夕暮れ時。
僕は一人、高級宿の部屋へと戻った。
部屋の中央には、これまでと変わらず、含有率100パーセントの特注雲ベッドが『2つ』並んでいる。
「お客さん、いつも一人なのにツインルームを借りるなんて、変わったこだわりがあるんですね」
宿の主人にそう不思議がられたが、僕にとってはそれが日常だったのだ。
誰もいなくなった静かな部屋。
隣にある、主を失ったまっさらなベッド。
ポツンと一人で自分のベッドに腰掛けると、独りで食べるには広すぎるテーブルの上の空間や、これまでの冒険の記憶が一気にフラッシュバックしてきた。
美味しいご飯を食べて目を輝かせていた顔。
強風に怯えながらも、必死で杖を振るってくれた姿。
凄惨な解体作業から目を逸らさず、震えながら耐え抜いた小さな肩。
そして、夜になれば僕の胸に飛び込んで大泣きし、隣のベッドでスゥスゥと安心した寝息を立てていた、あの愛おしい温もり。
世界中の誰も彼女を覚えていなくても、僕だけは、彼女と共に歩んだ天空の軌跡を確かに覚えている。
「…………っ」
どこかが、ひどく痛んだ。
バケモノのようなステータスを持つこの体で、物理的な攻撃ではビクともしないはずの胸の奥が、軋むように痛むのだ。
それは、神界へと帰っていった小さな相棒への喪失感。
天空ダンジョンでは絶対に降るはずのない『天気雨』が、僕の心の中だけで、静かに、静かに降り注いでいた。
僕は一人、雲のベッドに倒れ込み、心に降るその冷たくて温かい雨の感触を、ただ静かに受け止めていた。
やがて――心の中の雨が止み、澄み切った青空が戻ってきた頃。
僕は身支度を整え、再び冒険者ギルドのカウンターへと向かった。
「おや、お兄さん。今日はどうされました?」
「次のダンジョンについて、教えてほしいんだ」
僕がまっすぐにそう告げると、職員さんは嬉しそうに微笑み、新たな迷宮の情報を羊皮紙に広げてくれた。天空を踏破した僕の、次なる目的地だ。
行き先を決めた僕は、お世話になった人々へ別れの挨拶に回った。
「お姉さん、今までいい魔道具をありがとう。次へ向かうよ」
「にゃあっ!? もう行っちゃうの!? 寂しいけど、また凄い素材を見つけたら、絶対に私に売りに来るのよ!」
黒猫のお姉さんは尻尾を揺らしながら、少し寂しそうに見送ってくれた。
「神官ちゃん、お世話になったな。じゃあね」
「むにゃ……次のダンジョンに行っても、魔石の寄進……待ってるからねぇ……」
怠惰な神官ちゃんは、最後までクッションに埋もれたままヒラヒラと手を振った。
そして最後に、ドワーフ(?)のおじさんの工房へ。
「おっちゃん。この『飛竜の雲海鎧』、最高だったよ。本当にありがとう」
「おう! 次のダンジョンがどこか知らねえが、俺の打った最高傑作だ、どこへ行っても通用するはずだぜ! 達者でな!」
おじさんの力強い見送りの言葉を背に受けながら、僕は空を見上げた。
雲の彼方、あの光の柱の向こう側で、きっと小さな相棒も見守ってくれているはずだ。
『お兄さん、死なないでくださいね。ずっと、一緒に冒険したいです!』
彼女のあの声が、今も耳の奥に残っている。
この記憶がある限り、僕は一人じゃない。
「よし……行くか」
僕は背中の大剣を揺らし、新たな未知のダンジョンへと向かって、力強く第一歩を踏み出した。
(第五部完)
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