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第6話 その後に起きたこと


あれから二週間が経った。

俺と佐伯さんは、再びあの広告代理店のオフィスビルに来ていた。


「……気が重いですね」


「そうですか? 私は楽しみですがね」


エレベーターの中で、俺は胃が痛くなるのをこらえていた。


前回のトラブルの後、会社側からのクレームは一切なかった。

それどころか、先方の総務部長名義で丁寧な謝罪文が届いたと聞いている。


だが、現場に行く俺たちの気まずさは変わらない。

またあの村瀬や大野課長に会うのかと思うと、足がすくむ。


五階に到着する。自動ドアが開き、俺たちは台車を押して中に入った。


「配送です。お届けに上がりました」


俺は前回よりも少し硬い声で挨拶をした。


すると、すぐに一人の男性が飛んできた。


「あ、配送業者さん! お疲れ様です! すぐ開けますね!」


駆け寄ってきたのは、あの日、勇気を出して最初に手を挙げてくれた若手社員だった。


「今日は消耗品の納品ですね。ありがとうございます。……あの、ここに置いていただければ大丈夫ですので」


「えっ、でもこれ、重いコピー用紙ですよ? 棚まで運びましょうか?」


「とんでもない!」


若手社員はぶんぶんと首を横に振った。


「契約は『軒先渡し』ですから! ここからは僕らがやります。それがルールですから」


その徹底ぶりに、俺は目を丸くした。


ふと視線を感じて奥を見ると、大野課長が自席に座っていた。

以前のようなふんぞり返った態度はなく、背中を丸めてパソコンに向かっている。

俺と目が合うと、バツが悪そうに小さく会釈をして、すぐに視線を逸らした。完全に「借りてきた猫」状態だ。


そして、村瀬の姿はなかった。


「……あの、村瀬さんは?」


伝票にハンコをもらう際、俺は小声で若手社員に尋ねてみた。

彼は苦笑いしながら、声を潜めた。


「異動になりましたよ。関連会社の倉庫管理部門へ」


「倉庫……ですか」


「ええ。『現場を知らぬ者に、管理をする資格なし』――黒川室長からの強い進言があったそうで。今は毎日、ピッキング作業で汗を流しているみたいです」


因果応報、という言葉が頭をよぎった。


現場を見下していた彼女が、今度は現場で働くことになる。

それが懲罰なのか教育なのかは分からないが、少なくともこのオフィスにとってプラスになったことは間違いなさそうだ。


「おかげで、随分と風通しが良くなりました。課長も、今は定期的にパワハラ研修を受けさせられていて、無茶振りもしなくなりましたし」


若手社員は、心底ほっとした顔で言った。


「あの時、お二人が声を上げてくれなかったら、僕はずっとあの空気に耐えるしかありませんでした。……本当に、ありがとうございました」


彼は深々と頭を下げた。俺は胸が熱くなった。


自分の仕事が「ただ物を運ぶだけ」じゃなかったと思えた瞬間だった。


ビルを出て、トラックに戻る。


運転席に座ると、佐伯さんが魔法瓶のお茶を一口すすった。


「どうでした、三上さん。世界は変わっていましたか?」


「……はい。驚くくらいに」


俺はハンドルを握りしめた。


「正直、クビになるか、取引停止になるかと思ってました。でも、正しいことをして、守られることもあるんですね」


「会社という組織はね、腐った部分もありますが、自浄作用も持っているんです。ただ、そのスイッチを押すには、現場の勇気が必要なんですよ」


佐伯さんの言葉が、じわりと染みる。


スイッチを押したのは俺だ。でも、その指を導いてくれたのは佐伯さんだった。


「俺、もっと現場のこと、諦めてました。『どうせ言っても無駄だ』って」


「まあ、それも処世術の一つです。でもね」


佐伯さんは窓の外、流れる街並みを見つめながら呟いた。


「声を上げなければ、被害者は増える一方です。あなたが守ったのは、自分たちのプライドだけじゃない。あのオフィスの若手社員たちも、救ったんですよ」


俺は、先ほどの若手社員の笑顔を思い出した。


仕事がやりやすくなった。理不尽な要求がなくなった。それだけのことで、明日も頑張ろうと思える。働くって、そういうことのはずだ。


「……次の現場、行きましょうか」


「ええ。安全運転でお願いしますよ」


エンジンの振動が心地よく響く。


俺の中で、仕事に対する誇りが、以前よりも少しだけ確かな重みを持って感じられた。

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