拾遺2-6 音が消えた場所
玄関扉の近くで、セティは立ったまま二人を待っていた。
アウレリウスとヘンリーの姿を認めると、セティは小さく頭を下げた。
「あちらにベンチがありますね。
帰る前に荷物を整えても?」
「うん。いいよ」
ヘンリーが離れ、アウレリウスはセティに歩み寄った。
「……アウル」
「セティ、終わったよ」
「……その、大丈夫でしたか?」
「うん。大丈夫だよ」
見送るために、アウレリウスとセティは扉の外に出て、ヘンリーを待つ。
空を橙に染める夕陽。
少し冷たくなった風が二人の髪をそっと撫でていく。
グリーンガーデンの方からは甘やかな香りが運ばれてきた。
「今日は三日月かな」
「……もう月が出てますね」
「セティはどの形の月が好き?」
「……」
「もしかして、新月?」
「月の形を好き嫌いで見たことがないので……」
「あはは。そっか。セティらしいね」
二人は黙って月を見上げる。
風も凪いだ。
遠くから、わずかな水の音が聞こえるだけ。
静かな空気。
――かすかな金属音。
アウレリウスは、玄関ホールを見た。
ヘンリーはこちらに背を向けるようにして、荷物をいじっている。
「……アウル?」
セティが声をかけるも、アウレリウスはヘンリーにゆったりと歩み寄った。
「……今、撮ったでしょ」
ヘンリーは急いで鞄を閉める。
そして、顔を上げ、へらっと笑った。
「いいえ、いいえ。はっきり断られてますもの。そんな事するはずないじゃないですか」
反響したはずの声も、足音も。
すべての音が、消えた。
かすかな水の音でさえ、飲み込まれるように沈んだ。
ヘンリーは肩を震わせて、床につけていた足を見た。何か冷たいものに引っ張られるような、不思議な感覚があったからだ。
ブーツの底には、自分の淡い影が落ちているだけ。
もう一度顔を上げ、アウレリウスの瞳を見る。
表情は微笑んでいた。
しかしその瞳は湖面のように静かで、吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える。
ヘンリーはつい、目をそらした。
アウレリウスは小さく息を吐き、つぶやくように告げる。
「もう君はここには来ないで」
ヘンリーはうつむいたまま髪をかく。
「はぁ……。何か気を悪くさせてしまいましたかね」
アウレリウスは腕を組んで静かに立っている。
ヘンリーは少しだけ彼から距離をとるようにして立ち上がると、またへらりと笑った。
「でも城見学、楽しかったです。繁盛することを祈ってますよ」
「……どうもありがとう」
ヘンリーは鞄を胸に抱くようにして抱えると、足早に玄関扉を出ていく。
暫くすると、馬車の音がし、それは慌ただしく内門を通り抜けていった。
その背を見送る。
足音がしてアウレリウスがそちらを向くと、セティが駆け寄ってきた。
「……アウル。ごめんなさい。
僕が断れば良かった……」
アウレリウスはきょとんとセティを見た。
「この城は開かれてる。断る必要はないんだよ。彼のマナーが悪かっただけ」
「でも……」
「気にしなくていいのに」
セティは小さくため息をつくと、視線を落とした。
「アウルが怒ると……僕はドキドキします」
「……セティを怒ったわけじゃないのに?」
「……はい」
「そっか。ごめん。そんなに強く怒ったつもりはないけど、怖かったのかな」
セティは小さく首を振り、アウレリウスは少しだけ首を傾げた。
「アウルが嫌な思いしたんだなって思って、僕が嫌な気持ちになっただけです」
「……そっか」
空が群青色にのまれていく。
風が再び吹き始め、外の空気をわずかに揺らしていた。
「……戸締まりしようか」
「はい」
アウレリウスは内門に向かって歩き出し、セティは受付室に戻っていった。
――今日は少し、疲れたな。
空には一番星が強く、瞬いていた。




