拾遺1-4 いつものインク
書斎の午後。
四角い窓に切り取られた空の青が、眩しい。
アウレリウスは机に向かい、本を開いていた。
ページをめくる音だけが、足元に積もるように落ちていく。
そこには、陽の光さえも踏み込めず、影が息を潜めていた。
この静寂を破れる者は、おそらく存在しない。
やがて彼は思い立ったように、羊皮紙を一枚取り出し、ペンを取って書き物を始める。
ペン先が紙を擦る、かすかな音。
背で編んでいた髪から零れた一房が、肩に落ちた。
細い指から紡がれる文字列。
行の終わりが、わずかに淡い。
アウレリウスは視線を落としたまま、ペン先を柔らかな布で拭い、静かに置いた。
整然と並んだ銀のペン先が、鈍く光を返す。
インク壺を一瞥し、引き出しを開ける。
小さく息を吐いて、立ち上がった。
書き物机とは別に置かれた、黒檀の作業台の前へ。
台には無数の傷が刻まれ、いくつか焦げた跡も残っている。
縁には溝が彫られていた。装飾ではない。実用のためのものだ。
脇には、戸付きの作業用キャビネットが据えられている。
キャビネットを開け、銀のトレーに載せられた黒鉛の棒を一本取り出す。
アウレリウスは迷いなく、陣を作業台に直接描き始めた。
それは光の角度によって、かすかに浮かび上がる。
描き終えると、壁際の戸棚から鉱石と植物を取り出し、台に並べる。
さらに青色の液体を注ぎ、火をかけた。
白い炎が立ち上る。
音も、熱もない、揺らめく炎。
それは一瞬、彼の青い瞳に映り込み、青白く燃えた。
アウレリウスは、机の端を――トン、と叩く。
炎は、何かに飲み込まれるように収束した。
残されたのは、わずかに粘性を帯びた青黒い液体。
彼はそれをヘラで溝へと流し、溝の先に置いた大きなガラス壺へ導く。
さらにそれを、小さなインク壺へと小分けにしていった。
動きに一切の迷いはない。
並べられたインク壺に、指を沿わせ、数を確かめる。
再び作業台に向き合い、表面にわずかな光沢を持つ粉を撒く。
最後に水で拭き上げ、丁寧に仕上げた。
すべての道具をキャビネットに戻し、出来上がったインクを書斎机の引き出しへ収める。
――いつもの作業。
――いつものインク。
彼は再び机に向かい、本を開いた。
この部屋に、またページをめくる音だけが落ちていく。
書棚に並ぶのは、哲学、自然学、解剖学、古代文献。
それだけではない。
錬金術に関する、禁書扱いの写本も含まれている。
作業台近くの戸棚には、ガラス製のフラスコやレトルト、金属製の秤。
乾燥した薬草と鉱石。
書棚は開かれている。
戸棚にも、鍵は掛かっていない。
セティが触れようと思えば、いつでも触れられる。
――だが、彼は触れない。
ここは、セティが踏み入ったことのない場所。
アウレリウスだけの聖域。
この書斎は、
アウレリウスのための錬金術部屋なのだ。




