10-4 孤独が形を持った日
アウレリウスは書斎に引きこもった。
朝一番に馬の世話をする以外の時間を、すべて書斎で過ごした。
何日も、何日も。
何年も。
やがて、ある時から、彼は朝早く馬に乗って出かけ、何かを抱えて戻ってくるようになった。
気力を取り戻したかのように、精力的に動き始めた。
来る日も来る日も。
彼は、まるで何かに取り憑かれたように、“欲しいもの”を求め始めたのだ。
書斎。
黒壇の作業台。
血で描かれた術式の上で、それは、ゆっくりと組み上げられていく。
エドマンドの書斎にあった本や道具の半分は、この部屋へ移されていた。
向こうに残したのは、“侯爵家当主”としての品だけだ。
錬金術士としての彼のものは、すべてここに集められている。
アウレリウスは、静かに作業台を見つめていた。
ふと、違和感が胸をかすめ、眉を寄せる。
失敗が続いていた。
――いや、違う。
彼は、どこかで失敗を望んでいた。
愚かな希望と、かろうじて残った理性が、心の奥でせめぎ合っている。
作業台の上で、ゆっくりと、それは形を得ていった。
輪郭を、風がなぞるように。
砂が震え、引き寄せられるように。
そうして現れたのは――
少年だった。
台の縁に足を垂らし、静かに座っている。
白い肌。
柔らかな頬。
艶のある、まっすぐな黒髪。
まだあどけない顔立ち。
成長途上の細い体躯。
その姿を見た瞬間、アウレリウスの呼吸が浅くなる。
――成功してしまったのか。
成功させるために、彼は日夜この部屋に籠もった。
だが同時に、成功してはならないと、心の底で叫んでいた。
手が、震えた。
少年の黒いまつげが揺れ、ゆっくりと瞳が開く。
「……嘘だ……」
唇が震える。
少年は焦点を合わせるように、アウレリウスを見た。
緑がかった灰の瞳が彼を捉え、柔らかく細められる。
アウレリウスは、肩を震わせた。
――僕は、何ということをしてしまったんだ。
――自分と同じ運命を、この子に背負わせるつもりか。
耐えきれず、涙がこぼれる。
寂しかった。
孤独が、どうしようもなく怖かった。
――だからといって。
――これだけは、してはいけなかった。
分かっていたのに。
分かっていたのに、自分を止められなかった。
少年の手を、恐る恐る取る。
「僕は……孤独に耐えきれず、罪を犯してしまった……。
君を、造ってしまった……」
少年は、わずかに首を傾げる。
「謝って済むことじゃない。
僕は……なんて愚かなことを……」
アウレリウスは片手で顔を覆い、その場に崩れ落ちた。
涙が、いくつも頬を伝って落ちる。
「……どうしたらいいんだ……」
立っていることもできず、彼は泣き崩れた。
少年は台から降りた。
厚く柔らかな絨毯には、消えることのない赤黒い染みが残っている。
初めて床を踏む足は、その感触に耐えきれず、よろめいて倒れ込む。
それに気づいたアウレリウスは、慌てて少年に寄り、起き上がるのを助けた。
羽織っていたカーディガンを外し、彼の肩にかける。
アウレリウスの涙は、まだ止まらない。
少年は、座り込んだまま、それを見つめていた。
大きな瞳。
少し垂れた目尻。
完璧に計算されたアウレリウスの造形とは異なる、どこか愛嬌のある顔。
少年は、ゆっくりと腕を伸ばした。
立ち上がろうとしているのだと思い、アウレリウスも手を伸ばす。
だが少年は、そのまま彼に抱きついた。
首の後ろに回された腕に、力がこもる。
「……え……?」
「あなたを……愛しています」
それは、
まだ何一つ教えられていない彼が、初めて口にした言葉だった。
この日、この世界に、
もう一人のホムンクルス――
セティが生まれたのである。




