1-8 『触れてはいけない城』最終話
ローテーブルに置かれた燭台の明かりだけが、ゆらゆらと二人の顔を照らしていた。
石の壁には、何も飾られていない。
昔は、絵や花があったのかもしれない。
いつからか、それらを置くのをやめてしまった。
大きなソファの端に、セティが姿勢正しく座り、膝の上に本を置いて読んでいる。
いつものように、アウレリウスはセティに寄りかかるようにして座っていた。
「おじいちゃんに、おばあちゃんの気持ちは伝わったかな」
「どうでしょうか」
「日記は、記憶を残すために書くものだよね」
「はい」
「……どうしてだろう」
「さぁ」
蝋燭の火が、一瞬だけ、ぽっと強く燃えた。
アウレリウスは体の向きを変え、横からセティを抱きしめる。
セティは少しだけ本を読みづらそうにしたが、それでも嫌がりはしなかった。
「人は、書かないと忘れてしまうんだ。
“愛してる”っていう、大きな気持ちさえ、忘れてしまうのかな」
「わかりません」
アウレリウスの腕に、少し力がこもるのがわかる。
セティは本を閉じ、脇に置いた。
「セティ。愛してるよ」
「はい。僕もです」
「僕は、セティを大切に思ってる」
「……」
「手紙も、書こうかな。忘れないように」
「忘れませんよ。絶対に」
アウレリウスの手が、わずかに震えている。
音のない城のどこかで、ぱちりと、小さな音がした。
セティは腕を伸ばし、アウレリウスを抱きしめ返す。
金の髪を、そっと撫でる。
誰にだって、寂しい夜はある。
それを幾度越えても、アウレリウスは慣れることがない。
そんな夜には、セティが少しだけ、彼を甘やかしてやるのだ。
世界で、たった二人だけの存在なのだから。
そうやって、支え合いながら、夜を越えていく。
―――
この世界には、魔法はない。
だが、誰も知らない秘密はある。
王都からほど近い、グレイブハル城。
湖のほとりに建つ、風光明媚で、歴史ある静かな城には、
美しい青年と、少年がいる。
彼らが何者なのかを、知る人はいない。
――そう、誰も知らないのだ。




