10-1 月光の下
月光を返す銀のナイフは、あまりにも美しかった。
刃は静かで、柄には天文と月桂樹が刻まれている。
アルストリア王国の宗教が語る、理を司る創造神の伝説――
人が世界に秩序を見出そうとした、その名残だ。
影が、澱のように床を這う。
闇を吸うように敷かれていたのは、深い青のペルシャ絨毯だった。
厚く、柔らかく、夜の海のような色をしている。
そこに、赤が一雫。
また、一滴。
血だまりへと、静かに落ちていく。
かつて美しく織り込まれていた文様は、すでに黒く溶けていた。
銀のナイフの刃でさえ、変色した血が乾いてこびりついている。
雫が止まる。
静寂でさえ息を潜めるほどの冷たい闇が、月光の宿るこの部屋の底を支配していた。
アウレリウスは、机に伏せていた。
長いまつげが、わずかに揺れる。
ゆっくりと、青い瞳が開いた。
投げ出すように垂らしていた左腕を、彼は持ち上げる。
血を受け止めていた手のひらは赤茶色に染まり、手首には深い切傷が走っていた。
まだ、塞がれていない。
それでも、血は止まってしまった。
失われたはずの血液を、ホムンクルスである彼の身体は、急速に取り戻そうとしている。
痛み。
吐き気。
悪寒。
彼は再び、腕を下ろした。
まだ、自力では動けそうにない。
腕を持ち上げておくことさえ、あまりにも重く、耐え難かった。
青い瞳から、涙が落ちる。
頬を預けていた机の上に、音もなく滴り、染みを作った。
「また……だめだった……」
アウレリウスの創造主、エドマンド・ヴァレインが儚くなってから、長い月日が経っていた。
まだ、この城には、彼の気配だけ。
彼がどれほど無垢で、朗らかであろうと、
その心さえ蝕んでしまうほどの、長い、長い年月だった。
孤独は、ゆっくりと彼の心を壊した。
壊しきれたなら、まだ救いがあったのかもしれない。
心は、孤独と喪失に苛まれ、
時とともにわずかに癒えては、
再び深い孤独と喪失を味わう。
永遠に続く波のような、残酷な刻の営みから、
彼は解放されたかった。
――彼は、死に焦がれていた。




