9-6 『そばにいる理由』最終話
西区。
アウレリウスとセティの二人は、メモの住所を訪ねた。
門の向こう、ささやかな前庭の奥。
扉が開くなり、エマが転がるようにして門まで駆けてきた。
その後をゆっくりとマーガレットが歩いて来る。
「まぁ! 本当に見つけてくださるなんて!!
奥様! ホープが見つかりましたよ!!」
「わかっています。
エマ、まずはご挨拶なさいな」
エマは慌てて頭を下げた。
「大変失礼いたしました。城主様方」
「ごきげんよう」
アウレリウスが穏やかに言い、セティは小さく頭を下げた。
マーガレットがアウレリウスたちのそばまで来ると、セティに大人しく抱かれていたホープは急に暴れて飛び降り、マーガレットに寄る。
そして、彼女に抱き上げられる。
「城主様方、ごきげんよう。
そして、本当にありがとう」
マーガレットはその白い毛に、顔を埋めた。
「……ホープ」
エマも、それを静かに見つめる。
アウレリウスとセティは顔を見合わせると、お互いに一度だけ頷いた。
「良かったね。
じゃあ、マーガレットさん、エマ、さようなら」
アウレリウスが踵を返しかけると、慌ててエマが声をかける。
「お、お待ちくださいませ! せめてお茶だけでもいかがでしょうか。ホープを見つけてくださったのです。お礼をさせていただきたいですわ!」
「そうですよ。エマは今日パイを焼いたのです。絶品ですから、ぜひ」
マーガレットもホープを抱いたまま言い募るが、アウレリウスは穏やかに笑んで、首を振った。
「パイは魅力的だけど、この間、案内料をもらったのに、僕はほとんど城について解説できなかったんだ。
お礼なんて貰えないよ」
二人して眉を下げる。
「奥様……」
「えぇ……、それがいいわ」
「城主様方、少々お待ちくださいませ」
エマは屋敷に向かって駆け出した。
マーガレットはアウレリウスとセティを順に見、柔らかく笑む。
「押しつけがましいかもしれませんが……。受け取っていただけませんか?」
エマがまた転がるように出てきた。その手には包みを持って。
「パイです!
ぜひ持ち帰って召し上がっていただければと!」
アウレリウスはマーガレットとエマを見ると、少しだけ眉を下げて笑った。
「じゃあ、頂くよ。
本当にありがとう」
アウレリウスは小さく二人に手を振ると、踵を返す。セティも頭を下げてアウレリウスに並んで歩き出した。
マーガレットとエマは、午後の光の中で、背が見えなくなるまで、ずっと頭を下げ続けていた。
シナモンと焼きりんごの甘い香りが、包み紙の隙間から立ち上っている。紙を開けると、包み紙は少し油を吸い、丸ごとのアップルカラントパイがそこにあった。
「結構大きいね。食べ切れるかな」
台所で、アウレリウスはパイを前に腕を組んだ。
「今は少しだけにして、残りは明日にしますか?」
「そうだね」
お茶を淹れていたセティがパイを覗き込みながら言う。
アウレリウスは悩みながらパイをいくらか切り分けると、皿に盛った。セティが淹れたお茶とともに盆に乗せて、二人は台所を出る。
私室で、ローテーブルに盆を置くと、二人は並んでソファに座った。
窓からは、橙の夕陽が差し込み、部屋を柔らかく染め上げている。
少し遅めのお茶会だ。
アウレリウスはフォークでパイを刺すと、それをセティの口に運んだ。
セティは、両手で紅茶を持ち、もぐもぐと口を動かしている。
「美味しい?」
「はい」
アウレリウスも一口食べる。
「干しブドウがいっぱい入ってる」
「美味しいですか?」
「美味しいよ」
アウレリウスはまたフォークでパイを刺すと、セティの口へ。
「自分で食べられます」
「食べさせちゃだめなの?」
セティの眉が寄る。
「アウルは僕を何歳だと思ってるんですか?」
「百歳くらいかな」
「いや……まぁ、そうなんですけど」
結局セティは差し出されたパイを食べた。
アウレリウスはセティの瞳をじっと見つめる。フォークを置き、セティの手から紅茶を取り上げるとそれをテーブルに置いた。
そして、腕を伸ばしてセティを抱き寄せようとして、――やめる。
セティの手を取るだけにとどめた。
部屋に落ちた橙の光と影が、同じ数だけ呼吸をし、息を潜める。
「セティ、僕は、君のそばにいたいよ」
セティは静かにアウレリウスの瞳を見つめる。いつもならまっすぐに見つめ返してくるその青い瞳は、少しだけ視線を下げていた。
「でも、君に“そばにいて”と言うのは、残酷なことなのかな」
「……アウル?」
「君が自由になりたいと願うなら、それをとめる権利は、僕にはないんじゃないかな」
セティは握られていた手を抜き取り、腕を伸ばしてアウレリウスを抱きしめた。
「僕はアウルに“そばにいて”って言ってほしいです」
「でも……セティ、君は……」
「アウル、“そばにいて”って言ってください」
アウレリウスの唇が震える。
「セティ……、そばに――」
セティはアウレリウスを強く抱きしめ、その背をさする。
「僕は、そばにいます」
「……うん」
橙の空は、少しずつ、夜に飲み込まれていった。
―――
アルストリア王国。
王都オルドンのほど近く、湖のほとりに、
歴史あるグレイブハル城がある。
静かで、美しくて、
――どこか不思議な城。
そこには、美しい青年と少年がいる。
錬金術が遺したホムンクルスである彼らは、
二人きりで、今日も静かに暮らしている。




