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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第九章『そばにいる理由』
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9-4 リンデンの香る道で


 西区、中流階級の住宅街にやってきた。

 マーガレットさんの邸宅もこの辺りだったはずだ。


 整えられた石畳の広い道。

 甘い香りを帯びたリンデンの並木が続いていた。

 葉の影は柔らかく、石畳の上に溶けるように落ちている。

 人の足音も、声も、どこか穏やかに響いた。


 向こうから、華やかな声が聞こえてくる。

 色とりどりのドレスを纏った少女たちが、お喋りに花を咲かせながら歩いて来た。


 彼女たちの視線が、ちらりとセティに向く。

 セティの見た目年齢と同じ歳くらいかな。


 すれ違いざま、少女の一人がセティの目の前にハンカチを落とした。


「あっ」


 セティが声を漏らして、それをとっさに拾う。

 刺繍入りの美しいハンカチ。少女に似合う花が、いくつも刺されていた。

 

 セティが振り向き、去っていく少女たちの背中を見つめる。


「アウル、届けてきます」

「うん」

 

 セティが駆け、少女の一人に声をかけた。


「落とされましたよ」

「まぁ。ご親切に。ありがとうございます」


 ハンカチを渡すとすぐに踵を返して戻ってくる。

 

 少女は、セティの背中を見つめていた。

 ふと、僕とも目が合う。

 帽子を少しだけ持ち上げて挨拶すると、セティと並んで、また歩き出す。


「あなた、わざと落としたのではなくて」

「そ、そんなことないですわ」

「でも確かにお二人とも美しかったわね」


 そんな声が聞こえて、セティは苦く笑っていた。


 ――きっと、わざと落としたんだろうな。


 美しい少女だった。セティと並んだら、絵になる。


 セティは、恋愛小説を読む。

 もしかしたら、恋愛に興味があるのかもしれない。


 ――彼は、恋をしてみたいのだろうか。


 隣を歩くセティを見ると、彼はリンデンの木を見上げていた。

 多分猫を探している。

 木の影になったその瞳は、深い緑に落ち着いて見えた。


 セティが、時々一人で王都に来ているのは、気になるがいるから?


 ――いや、きっと、違う。


 セティも分かっている。

 ホムンクルスである僕たちは、友人を作ることが難しいことを。

 まして、恋人なんて。


 セティは、真面目で、誠実だ。


 誰かを、その人生に巻き込もうなんて、しないんじゃないかな。

 一緒に年を取ることができない。

 共に並んで生きることができない。

 そんな関係を、彼が選ぶとは――。


 ――それは、どうだろう。

 そう、言い切れるのかな。


 聞いてみたことはない。

 ――セティは、選ぶのかな。


「猫です」


 灰色の猫が石畳を駆け、どこかの家の門をくぐり抜けていく。


「ホープは白って言ってたよ」

「そうですか」

「あと、アンゴラ猫と言ってたから、毛がふわふわだと思う」

「あの灰色の猫に、アウルは聞けないんですか?」


 ん?


「僕、猫とは話せないよ」

「そうですか。アウルは時々不思議なことを言うので、もしかしてと思っただけです」


 冗談なのか、本気なのか、分からないな。


 こちらを見ているセティの表情は、相変わらず無表情だ。

 緑がかった灰の瞳は澄みきっている。


 ――もしかして、本気?


「セティ……。君は、本当にかわいいね」


 セティの眉がみるみる寄っていく。

 彼はふいっと顔を背けた。


 つい、声を立てて笑ってしまう。


 動物と話せる人間? 

 どんな童話から影響を受けたんだろう。


 手を繋ごうと、セティの手に触れたら、スッと避けられてしまった。


「だめ?」

「今は嫌です」

「……そっか」


 残念。

 

 リンデンの並木道。

 風が吹くたび、ほのかに甘い花の香りが混じった。

 

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