9-3 甘いものを勧める理由
王立自然公園を出た後、官僚街のブラクストン街を経由して、中流階級の街の西区へ向かうことにした。
ブラクストン街にも、最低限だけど店はある。生活雑貨やパン、新聞などを扱う店たちだ。
アウルが僕の方をちらりと見る。
「……何か買いますか?」
「ホットドリンク、買わない?」
僕が頷くと、アウルは少し楽しそうにホットドリンクの屋台へ歩いていく。
「セティは何にする? ココア?」
「アウルは、何にしますか?」
「僕はハーブ湯にするよ」
「それでは僕も同じものに……。あ、分け合いっこしたいですか?」
アウルはきょとんとしている。
……そういう意図ではなかったのか。
「ココアにします」
「わかった」
アウルが買いに行く間に、僕は先にベンチに座って待つ。
穏やかに微笑みながら立つアウルの姿は、“王子様”めいている。行き交う人々が、彼をちらりと視界に入れていく。
そうだよね。
彼は、見ていたくなる。
とても分かる。
あんなに華やかで上品な風貌なのに、全く気取らない。のんびりしていて、性格も素朴だ。
柔らかい空気が、いつもアウルを包んでいる。
ホムンクルスである僕たちは、飲食する必要はない。
だけど、アウルはなんだかんだ言って飲んだり食べたりするのが好きだ。
好き嫌いはほとんどないが、よくよく聞いてみると、味の違いはかなり正確に把握している。僕より、多分味覚は繊細だ。
アウルがこちらへ歩いて来る。
ブリキのマグを二つ持って。それだけなのに、妙に楽しそうだ。
「はい」
「ありがとうございます」
ミルク入りのココアを受け取ると、彼は両手でマグを持ちながら隣に腰掛ける。
薬草の香りがふわりと立ち上った。
一口飲む。甘い。
「少し飲みますか?」
アウルはこちらを向いてニコッと笑うと、マグを交換した。
両手でマグを丁寧に持って、一口。
リスみたいだ。
ふわりとアウルが笑った。つられて、つい僕も口角を上げてしまう。
「甘くて美味しいね」
アウルのハーブ湯も一口もらってみる。甘味が足されている。こちらも、甘い。
マグを戻して、二人して無言になって飲み進めた。
アウルは、僕にはやたら甘いものを勧めてくる。
僕の見た目は十五歳程度。
成人には満たないけど、子どもというほどでもない。身長も、僕とアウルでは三インチ程しか変わらない。
だけど、アウルは、僕を十歳くらいだと思っている節がある。
アウルは僕の保護者のつもりなんだろう。
しかし、それにしてはよく甘えてくる。
彼は、人の気持ちの動きには敏感だ。
決して無神経ではない。
でも、ある意味鈍感でもある。
自分の中にもある、“甘えたい”“触れたい”、そういった感情には敏感だが、自分が持っていない欲求には、あまりにも無理解なところがある。
卑屈さや、恋情、支配欲、そういったもの。
理解できなかった時に、彼がそれを飲み込むのにはいつも少し時間がかかる。
でも、時間をかけても、本質的に“理解”するわけじゃない。彼は、理解できないものであると理解して、据え置きにするだけだ。
「セティ、飲み終わった?」
「はい」
「じゃあ、マグを返して、また猫探しをしようか」
「はい」
アウルが僕の分のカップも受け取り、ゆったりと返しに行く。
戻ってきた彼と並んで、また歩き出す。
ブラクストン街は働く人のための街だ。
時間によっては昼間でも、ふっと人の足が引くことがある。
アウルが周りを伺っている。
下ろしていた僕の手を、アウルがぎゅっと握る。
驚いて彼を見ると、アウルは笑っていた。
「いいよね?」
“嫌です”といったら、すぐ引くんだろうけど、人もいないし、少しなら、いいか。
王都で手を繋いで歩いているのなんて、三歳児とその母親くらいのものだ。
――もしかして三歳児だと思われている?
さすがにそれはないか。
三歳児だと思っていたら、多分甘えてはこない。
僕も、アウルと手を繋ぐのは好きだ。
彼の手は、とても温かいから。
でも僕はアウルと違って、人に見られると恥ずかしく思う。
アウルは指をしっかり握り込んできた。
アウルは決して無知なわけではないが、知識の偏りがあるから、きっと知らない。
その手の繋ぎ方は“恋人繋ぎ”って言うことを。
アウルがもう少しだけ羞恥心を覚えてくれたら、僕は助かるかもしれない。
昼の柔らかい光がゆらゆらと、白と灰の間の石畳に揺れていた。




