9-2 本でしか知らないもの
夫人、マーガレットさんの愛猫ホープを探しに王都まで来た。
二人の足は自然と王立自然公園へと向く。
僕は、隣を歩くセティをちらりと見た。
艶を帯びた黒髪。首の後ろで一つに縛っている深緑の細いリボンが、彼が歩くたびにかすかに揺れる。
緑がかった灰の瞳は、整然と並べられた植物たちに向いた。
遠くを見るその瞳。
僕の位置からは銀色めいて見える。
――セティは有能だ。
教えたことは、たいてい一度で覚える。
本をたくさん読むけど、城にある本はほとんど読んでしまっているんじゃないかな。
そして、とても気が利く。
僕を否定しない。
僕が落ち込んでいるときは、そっとしておいてくれる。かと思えば、僕が慰めてほしいときは、ちゃんと慰めてくれる。
日頃は寡黙なくせに、僕が欲しい言葉をしっかりとくれる。
きっと彼は、僕より人間に遠い。
セティは、有能すぎるんだ。
人は、もっと迷うし、間違える。
こんなふうに、静かに最適解を選び続けたりはしない。
セティが振り向く。
大きな瞳は少し垂れている。甘い顔立ちだけど、“賢そう”な印象の方が強い。彼の雰囲気だろうか。
「アウルは、猫を見たことがありますか?」
声変わりはしている。だけど、成人男性より少し高い気がする。
きっと、“成長途中”の声なんだ。
僕たちは“成長”しないから、彼の声はずっと“成長途中”のまま。
「あるよ」
セティが、両手を持ち上げる。
「このくらいでしょうか」
「ん? 大きさ?」
「はい」
「成長過程とか、種類にもよるかもしれないけど、だいたいそれくらいかな」
セティは、手で猫のサイズを表現したまま、手の間の宙を見つめている。猫を想像しているんだろうか。
「野良猫は、遠くからたくさん見ました。
でも、ちゃんとは見たことないんです。本の挿絵でしか」
「そっか」
「“にゃあ”と鳴くと書いてありました」
「うん」
「でも僕が以前王都で見かけた時は、もっと、こう、赤子の泣き声のような声を出していました」
「春だった?」
「……そうだったかもしれません」
「発情期だったんじゃないかな」
「はつじょうき……」
本をたくさん読むセティが、“発情期”を知らないことはないだろうに。
彼は真顔だ。
今、何を考えているんだろう。
セティは、城での生活をどう思ってるのかな。
たびたび、彼は一人で出かけている。
ホムンクルスである僕たちは成長しない。
それをほかの人に知られてはいけない。
いつも雇っている掃除婦も、短期でしか雇うことができない。マーサさんも、そろそろ一年が経つから、もうすぐお別れだ。
僕たちは友人を作ることができないんだ。
僕とセティは、いつも二人きり。
ずっと、二人だけ。
それをセティは、どう思ってるんだろう。
退屈だったりするのかな。
もっと、他の人と一緒にいたいと思ったりするのかな。
僕のことを、嫌だと思う日も、あるのかな。
「猫、どうやって見つけますか?」
「どうって?」
「草むらにいたり、しないんですか?」
「多分、彼女から出てくると思うよ」
セティの眉が少しだけ寄る。
かわいいな。
ものすごく腑に落ちてない顔してる。
子どもみたいだ。
「……そうですか」
「うん」
“セティは、僕と一緒にいて、楽しい?”
そう聞いたら、きっと彼は、
“楽しいですよ” って言う。
だから、僕は聞けないんだ。
「ここじゃないみたい。他のところに行こう」
「……はい」
昼間の王都で手を繋ぐのは、セティは嫌がる。
だから今はやめておこう。
少し心細い気がする。




