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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第九章『そばにいる理由』
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9-1 帰る場所を探して


 アルストリア王国、王都オルドンのすぐ近く。


 湖のほとりに、古いグレイブハル城がある。


 静かで、美しくて――

 どこか不思議な城。


 そこには、美しい青年と少年が暮らしている。

 錬金術が遺したホムンクルスである彼らを、しかしこの世界の誰も知らない。


―――

 

 グレイブハル城。

 受付室の小窓の前で、アウレリウスは机に肘をつき、ぼんやりと、目の前の石畳をただ数えていた。

 昼の光がちらちらと揺れて、すぐにどこまで数えたのか分からなくなる。


 ふと、馬車の音がして視線を上げた。


 しばらくすると、小窓の前に現れたのは老婦人とその侍女。


「二人、見学をさせていただきたいのです。案内もお願いできますか?」


 侍女が小窓を覗き込み、そう声をかけた。


「二人だね。いいよ」


「エマ、ちゃんと数枚多くお渡しして。お時間を頂くのですから」

「勿論ですとも、奥様」


 侍女が多めの銀貨をアウレリウスに渡すと、二人はお喋りしながらさっさと玄関ホールに入って行った。


「あっ。待って。すぐ行くから」


 アウレリウスは銀貨を素早く数えると、ソファにいたセティに預け、慌ただしく受付室を出ていった。




 老婦人と侍女は終始楽しげに二人で話していて、アウレリウスは口を挟むタイミングを見つけられずにいた。

 ただニコニコと後をついて歩いている。


「あの……」


「奥様! あのシャンデリアとても大きいですね」

「えぇ、ほんとうに」

「クリスタル何個くらい使われているのでしょうか? 本物ですよね?」

「それは――」

「年代物みたいですし、本物でしょう。貴女、あまりそういうことを口に出しては――」

「奥様! あの暖炉見てください」

「素晴らしい彫刻ね」

「あのモチーフは――」

「掃除のしがいがありそうです」

「さすがエマだわ」


 アウレリウスは諦め、二人の後ろで苦く笑った。


「二人は仲良しなんだね」

 

 そのまま大ホールや正餐室を巡った。

 特に質問されない限りは、アウレリウスはただ二人を見守ることに徹する。


 しかし、回廊に足を踏み入れた時、二人は足とお喋りを止めた。


 夫人がアウレリウスに向き合う。


「実はお話したいことがありますの……」

「話したいこと?」


 夫人の後ろにいた侍女エマがずいと前に出る。


「この城は“不思議な城”と噂が立っているのです。相談事をすると解決する、と――」

「エマ」

「それでわたくし共は藁にもすがる思いでこちらにお邪魔させていただいたのです」

「エマ」

「そんな妙な噂など、もちろん信じてはおりませんわ。でも話を聞いていただけるだけでいいのです。気持ちが少しでも楽になれば――」

「エマ!」


 侍女がやっと口をつぐみ、夫人を振り返る。


「なんです? 奥様」

「エマ。この方はね、城主様なのです。城主様は、今、わたくしとお話をしてくださっているのです」

 

「……大変失礼いたしました」


 エマは深く頭を下げると、一歩身を引いた。

 夫人はエマを見て一度大きく頷き、改めてアウレリウスと向き合う。


「申し訳ないですわ。この人いつもそうなの。お喋りが大好きで。許してくださいね」


 夫人はゆったりと頬に手を当て、小さくため息をついた。

 アウレリウスは笑いながら首を振る。


「役に立てるか分からないけど、話し相手にはなれるよ」


 光と影の回廊は、相変わらず淡い陰影を生んでいる。かすかな光が静寂を抱くようにして横たわっていた。


「実はね、愛猫がいなくなってしまったのです」

 

 アウレリウスは小さく頷くだけで、口を挟まずに夫人の言葉を待つ。


「猫は、死ぬときに姿を見せなくなるって言いますでしょ?

 だから、……半ば諦めてはいるのです」


 夫人は瞳を伏せる。


「いつから姿が見えないの?」

「三日前です」

 エマが即座に答えた。


「エマ」

「……申し訳ございません」


 エマがもう一度下がるのを見てから、夫人は小さくため息をついた。


「何歳の子?」

「三歳ですわ」


 アウレリウスは眉を下げた。


「まだ若いね」

「えぇ。アンゴラ風の長毛の猫で、動きがゆっくりの子なのです。ホープという名前なのですけど……」


 夫人はそれきり黙り込んでしまった。

 代わりにエマが引き取る。


「旦那様が亡くなられた時に、奥様がお知り合いから譲ってもらった猫なんです」

「大切な家族なんだね」


 エマも視線を下げ、夫人は黙ったまま頷いた。


「ホープは、きっと夫人のことが大好きだよ。

 信じてあげて。帰ってくるって」


 二人は顔を上げる。


「信じてあげるだけで、いいんだ」


 アウレリウスが柔らかく微笑むと、二人は揃って小さく頷いた。


 音のしないグレイブハル城が、小さく鳴る。枯葉を踏んだような、本当に小さな音。


 アウレリウスは瞳を閉じて、それに耳を澄ませた。

 


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