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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第八章『永遠が始まった日』
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8-9 『永遠が始まった日』最終話


 アウレリウスはエドマンドを看取った後、しばらくは泣いて暮らした。


 何を見てもエドマンドと過ごした日々を思い出してしまい、その目はいつも真っ赤に腫れていた。

 

 しかしそれも、時とともに、少しずつ癒えてくる。


 エドマンドとの日々を忘れるわけではない。

 ただ、悲しみをのみ込む方法を、少しだけ覚えたのだ。


 アウレリウスは馬車を操り、王都に出かけるようになった。

 気安く話しかけてくれるパン屋の女将や靴磨きの少年と会話をしたり、新しい服を仕立ててみたりした。


 開発が進む王都の街並みを散策し、新しい建物を見学に出かけたりもした。


 また、城に見学に来た人と話すのも楽しかった。案内すると、皆喜んでくれるのだ。


 エドマンドの城を多くの人が褒めてくれる。アウレリウスはそれが誇らしく、とても嬉しかった。


 そうやって、静かに、だけど楽しく、アウレリウスは生活していた。


 だが、それも長くは続かなかった。


 ある時、アウレリウスは気づいたのだ。


 ――パン屋のおばさんや、靴磨きの少年は、みんな、年を取っていなくなった。


 ――自分は?

 なぜ変わらないんだろう?


 エドマンドは、確かに生前アウレリウスに伝えていた。


「お前は人とは違う。だから、永続的な友人や知り合いを作ってはいけない」と。


 ――あぁ、そういうことだったのか。


 それからアウレリウスは、人とはコミュニケーションはとるが、“友人”になれるほどの距離に踏み込むことはなくなった。


 本当の独りが、こうやって、始まったのだ。


―――


エドマンドは僕を愛してくれた。


たくさん、伝えてくれた。

たくさんの愛の言葉を、僕にくれたんだ。


それは宝物だ。


だけど、気づいたんだ。

僕の本当の宝物は言葉じゃなかったんだ。


それは、エドマンドそのもの。

君が生きて、僕の隣にいてくれること。


寂しいよ……。

エドマンド。


君のいないこの世界は、とても、

――寂しいんだ。


―――


 アウレリウスが目を覚ますと、心配そうに彼を覗き込むセティがいた。


 セティの手が、そっとアウレリウスの髪を撫で、涙を拭う。


 部屋には、澄んだ光が、痛みを薄紙で包むかのように満ちていた。

 アウレリウスのベッドの隣には、もう一台のベッドが離れて並んでいる。


「……アウル。悲しい夢を見たんですか?」


 セティの声。

 ひどく懐かしい気がして、また涙がとめどなく落ちていく。


 アウレリウスは起き上がると、セティを抱きしめた。


「セティ……。分からない」

 

 セティはそっとアウレリウスを抱き返し、その背を優しくさする。

 その温もりに縋ってしまいたくて、いつもよりもずっと強く抱きしめた。


 後から後から溢れる涙が、セティのシャツを濡らしていく。

 

「僕はセティが大事だよ」


 セティは頷くだけで応えた。


「例えば、セティが長い長い愛の手紙を書いてくれたら、僕はそれを絶対に宝物にする」


 アウレリウスの嗚咽が、部屋にこだまする。


「でも、セティがいなきゃだめだ。

 僕の宝物は“セティ”そのものなんだよ」


 幼い子どものように、アウレリウスはイヤイヤと首を振った。


「僕は“手紙”は書きません」


 セティはアウレリウスの肩を持って彼を離すと、その青い瞳をまっすぐに見つめた。


「手紙なんて書きません」


「ど……、どうして?」


 アウレリウスも、セティの澄んだモスグレーの瞳を見つめる。


「そばにいるから。

 ずっと、ずっとそばにいるから。

 必要ないからです」

 

 涙が、ぽたり、ぽたりと落ちる。


 もう一度、セティはアウレリウスの涙を拭った。


「そばにいます」

「うん……。そっか」


 アウレリウスはおもむろにベッドから降りると、窓に寄り、それを開けた。


 澄んだ風が頬を撫でる。

 ふわりと、世界がアウレリウスを包み込んだ。


 青い空。

 深く波打つ森。

 雪を纏う峰々。

 甘い湖の香り。


 ――こんな日も、世界はやはり、美しいのだ。


―――


 王都オルドンからほど近い、湖のほとりに建つ――グレイヴハル城。


 かつてこの城に住まっていた大貴族は、すでに歴史の中に消えてしまった。


 いま城を守っているのは、その末裔とされる青年と少年の二人。


 風光明媚で、王都からの距離も近い。

 グレイブハル城は、いつしか観光名所として知られるようになった。


 美しく、

 静かで、

 ――どこか不思議な場所として。


 今日もその城は、美しいこの世界に、

 そっと佇んでいる。


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