8-7 置いていくためのすべて
エドマンドは、グレイブハル城の解放を決めた。
さらに、城の権限を永久的にアウレリウスに移すよう、法的手続きもとった。
行政が変われば、その効力は失われるかもしれない。
それでも、“侯爵”という立場と力を用いて、できる限りのことをした。
―――
その日、エドマンドは刺繍入りの豪奢なフロックコートを羽織り、アウレリウスの部屋を訪れた。
ボルドー色のそれは裾が長く、動くたびに重みを帯びる。金糸の刺繍は控えめながら格調高く、“侯爵”たる彼に相応しい一着だった。
アウレリウスもまた、日頃は白いリネンのシャツをゆったりと着ているだけだったが、その日は淡金色のフロックコートに袖を通した。
体に沿うしなやかな仕立てで、刺繍も最小限に抑えられている。
着付けの最後に、エドマンドは彼の前に立ち、衿を整えた。
「とてもよく似合っている」
「……ありがとう」
アウレリウスの声は、わずかに強張っていた。
二人は並んで玄関ホールに立ち、見学者を迎えた。
見学料を直接受け取り、城内を案内する。もてなしはするが、決して語りすぎない。
静かな威厳を保ち、主導権を手放すことはない。
その姿を、エドマンドはアウレリウスに見せた。
城を解放すると決めてから、エドマンドは調度品の由来を一つずつ教え、最も栄えていた日の記憶を語り継いできた。
――いつか、彼がこの城のホストとなる日のために。
最後に見学者を見送る。
頭を下げることはしない。
ただ静かに、その背を見送るだけだ。
エドマンドは、アウレリウスを見た。
その瞳にあるのは、達成感と、外から来た人間への素直な好奇心。
「……楽しかったか?」
「うん」
赤い陽がステンドグラスを通してホールに落ち、複雑な色となってアウレリウスを包み込んでいた。
エドマンドは、城の至る所をアウレリウスと共に歩いた。
使用人の仕事を見せ、ときには彼自身にもやらせてみる。
家具の手入れ、補修の仕方、掃除、洗濯、料理。
生きていくために必要な、ありとあらゆること。
アウレリウスはやはり器用だった。
教えれば、するすると飲み込んでいく。
掃除や洗濯などは、エドマンド自身もほとんど経験がない。
それでもアウレリウスは、その仕事を厭わず、楽しそうに取り組んだ。
また、市場の読み方も教えた。
貨幣の価値、見学料の決め方、投資の考え方――。
ある日は、アウレリウスを御者台に座らせ、王都へ出かけた。
馬車を預け、仕立屋を訪れる。
侯爵自ら店に足を運ぶことは稀で、店の者は青い顔をしていたが、エドマンドは口出しせず、アウレリウスに一式を仕立てさせた。
店を出たとき、エドマンドは思わず声を立てて笑った。
「ひどく緊張していたな」
「お店の人が? 僕が?」
「両方だ」
アウレリウスも笑った。
仕立て上がりは後日だが、その場で無地のリボンを一本だけ受け取った。
深い青――彼が選んだ色。
アウレリウスはどんな色も着こなすが、やはり“金”と“青”を好む。
それは、彼という個人の嗜好だった。
その日は、二人で馬に乗り、少し遠出をした。
アウレリウスは馬が好きだ。
乗馬の筋もいい。
風に金の髪をなびかせる姿は、神の眷属だと言われても不思議ではない。
普段はゆったりと優雅で、話し方も穏やかだが、運動神経は決して悪くない。
少しのんびりしすぎているところも、それも含めて彼の個性だった。
先に丘を登りきったアウレリウスが、振り返って手を挙げる。
「エドマンド! 来て!
景色がすごく綺麗だ!」
エドマンドは微笑んだ。
丘の上で、夕陽を共に眺める。
地平線はどこまでも続き、世界を赤く染めていく。
――この時が、永遠でありますように。
そう願わずにはいられないほど、その日の夕陽は美しかった。
こうしてエドマンドは、思いつく限りの、生きるための術をアウレリウスに教えた。
もちろん、愛を伝え、人としての尊厳を教えることも忘れなかった。
それは、彼が――
自分の死後も、一人で生きていけるように。
いつか来る、別れの日のために。




