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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第八章『永遠が始まった日』
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8-5 異常


 アウレリウスが誕生してから、数年が経った。


 その頃、エドマンドは、ある疑いを持つようになっていた。


 少年と青年の間のようなアウレリウスの体型は、本来なら時とともに胸板を幾ばくか厚くし、青年として新たな完成を迎えるはずだった。


 だが、

 ――アウレリウスは成長していないのだ。


 貴族として美しくあるために長く設計したその髪は、一度として傷むこともなく、そして、伸びていないように感じた。




 ある日、エドマンドは彼を書斎に入れた。


 文字の読み書きなど、教育のためにここへ入ることは以前もあった。

 だが、あの事件以降はエドマンドが彼の部屋へ足を運ぶようにしていたため、数年ぶりと言える。


 アウレリウスは静かに椅子に座り、興味深そうに部屋を見渡していた。


「アウレリウス、髪を切ってみないか?」

「……どうして?」


 彼は一つに束ねられた長い髪を手に取ると、毛先を指先で弄ぶ。


「その髪はとても美しいが、時には気分を変えてもいいだろう」


 アウレリウスは柔らかく笑った。


「そうだね。切ってみたい」


 エドマンドは頷くと、アウレリウスの背に立ち、リボンを引き抜いた。

 金の髪が光を宿しながら、柔らかく広がる。

 リボンをエドマンドが机に置くと、アウレリウスはそれを手に取った。


「僕、これ、気に入ってたんだ」

「髪はまた伸びる。新しいものをいくらでも作らせよう」

「……うん」


 エドマンドは鋏を髪に当て、一房切り取った。


 手に乗ったそれを一度見つめ、そっと撫でる。ばらけないように紐で縛った後、静かに机に置いた。

  

 残りの髪は、そのまま床に落としていく。


 星を渡る川のように、長い金の髪が、はらり、はらりと落ちていった。


「美しい髪だ」


 エドマンドはそう言うと、アウレリウスの肩についた髪を最後に払い、両肩にぽんと手を置いた。


 アウレリウスが立ち上がり、エドマンドに向き合う。

 改めて髪を切ったアウレリウスを見て、侯爵はふっと笑った。


「少し……幼く見えるな」

「え!?」

 

 アウレリウスが肩を震わせて驚くのを見て、エドマンドは声を立てて笑う。


「なんで笑うの!?」

「いやいや、そんなお前も美しいよ。気にするな」

「でも……、エドマンドは笑ってるじゃないか」


 エドマンドはさらに笑い、アウレリウスは困ったように眉を下げていた。



 

 アウレリウスの髪は、尋常ではない早さで伸びた。

 肩から腰まで。

 普通であれば三年はかかるであろう長さに、たった一ヶ月で到達したのだ。


 その日、アウレリウスの私室。

 エドマンドは彼の元に戻った髪を見つめながら、その隣に腰掛けていた。

 アウレリウスは机に向きあい、新しく与えた新版の聖書を書き写そうとしている。


 手を伸ばし、髪の先を持ち上げる。

 

 ――単に伸びたのではない。

 ――“戻った”のだ。


「うっ……」

「どうした」

 

 アウレリウスは左手の指をエドマンドに見せる。

 彼の手には羽ペンとペンナイフ。


「切っちゃった」

「見せてみなさい。

 私もよくやってしまう。羽ペンを削るのは面倒だ」


 白い指を、つまむように取る。

 赤い雫が一滴。

 親指でそれを拭う。

 

 指先は血が出やすい。そして止まりにくいものだ。

 だが、すっぱりと切られた指先はもう血を流すことはなく、沈黙している。


 ――やはり、そうなのかもしれない。


「痛いか?」

「すごく痛いよ」


 ――おそらく、痛覚は人とさして変わらない。

 ――だが……。

 

「すぐ治るだろう。痛いようなら、私が今日は削ろうか」

「お願いしてもいい?」

「いいだろう」

 

 アウレリウスの指を離し、代わりに羽ペンとペンナイフを受け取る。

 

 エドマンドは、ため息を飲み込んだ。




 その日の夜。

 細い三日月の明かりがアウレリウスの部屋に滑り込む頃。


 エドマンドはいつものように、ベッドの縁に腰掛けるアウレリウスの前に立っていた。


「アウレリウス、昼間に切ってしまった指を見せてみなさい」

「指?」


 アウレリウスは不思議そうにエドマンドを見つめ、左手を差し出す。


 その手を取ったエドマンドの指が、かすかに震えた。


 ――完全にふさがっている。

 ――あれほど切ったのだ。数時間でふさがるなんて、異常だ。


 手を離す。


「傷が治って良かったな」

「うん」


 アウレリウスは無邪気に笑っている。

 部屋が暗いせいで、侯爵の顔が青ざめていることになど、気づきもしないで。




 書斎に戻ったエドマンドは、机に手をつき、息を吐いた。


 ――あの身体は恒常性が強すぎる。


 設計されたその時の状態を維持する力が、働きすぎるのだ。


 アウレリウスはこの先も、老いもせず、死を迎えることも、ないかもしれない。


 エドマンドは机に顔を伏せた。


「私は……なんと愚かなことをしてしまったんだ……」


 カーテンが締め切られた、暗い部屋。

 その懺悔は、月にさえ届きはしない。



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