表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第八章『永遠が始まった日』
65/160

8-3 触れてはならないもの


 アウレリウスは多くの使用人に囲まれていた。

 よく訓練された使用人達はほとんど口を利かず、淡々と彼の世話をし、部屋を整える。


 ――だが、アウレリウスは無垢で、あまりにも美しかった。

 

 彼を丁寧に扱うよう、主人である侯爵エドマンドがいかに厳命していても、

 魅了されてしまう人間が現れるほどに。




 その日。

 アウレリウスが湯浴みを終えると、いつものように複数の使用人に囲まれる。

 彼はただ静かに立ち、使用人が亜麻布で水気を取っていく。髪も別の布で包むようにして水気をとると、簡単に纏められた。


 そして、薄衣を掛けられる。


 アウレリウスの正面に立つ女性使用人は、彼の青い瞳を見つめ、アウレリウスはわずかに首を傾げた。


 そして、彼女は、手を伸ばす。


 薄衣の上から、アウレリウスの胸から鎖骨を通り、肩、そして首へ、ゆっくりと――撫でるように触れた。

 

 シャツを広げて待機していた使用人や監督者、使用した亜麻布を片付けていた者、湯の管理をしていた使用人。

 全ての者が、一瞬にして顔を蒼白にさせた。

 

 アウレリウスに触れた女性使用人も、ハッとして慌てて手を引き、頭を下げた。


「申し訳ございません!」


 彼女は監督者に引きづられるようにして部屋を出ていく。

 残された使用人達は、真っ青な顔で、わずかに手を震えさせながらアウレリウスの着替えを続ける。


「どうしたの……?」


 アウレリウスが聞くも、使用人達は口をつぐみ、その中で一番身分の高い使用人だけが

「申し訳ございません。お着替えを続けさせていただきます」

 と、震えた声で返しただけだった。




 その日から、噂が飛び交った。


「旦那様が直接斬ったそうよ」

「手を出したんだ。仕方ないだろう」

「神々しくて触れるなんて恐れ多い」

「旦那様のお怒りも分かるわ」

「でもまさか斬るなんて」


 震えながらアウレリウスの世話をする使用人も増えた。


 だが、それでも、彼の美貌は人を惹きつけてしまう。




 夜。

 月光が冷たい水のように、床へ流れ込んでいた。

 机に置かれたままの燭台の火は弱く、その場にかすかな揺らぎを落としているだけだ。


 アウレリウスは、ベッドの縁に腰掛けていた。彼の足元まで月明かりは届かず、静寂は、沈殿していた。


 扉が開く。


 男性の使用人が一人で入ってきた。

 いつもなら複数人で彼の部屋に訪れるが、今日は彼一人。


 男はゆっくりとアウレリウスに歩み寄る。アウレリウスも、彼をただ目で追っていた。


 座っているアウレリウスの正面に立つと、男はふいに彼の肩を押した。

 アウレリウスに覆いかぶさり、白い夜着に手をかける。

 

「何? なんで?」

 

 震えた声でアウレリウスが問うが、男は何も言わない。

 男の瞳は、まるで別の生き物のように濁っていた。

 その瞳にアウレリウスが映っているのに、彼自身を見ていない。


 アウレリウスは言葉を失い、目を強く閉じた。


 突然、

 男が短い唸り声を上げて、アウレリウスの上に落ちてくる。


 息が止まった。


 次の瞬間には、男の背後に立っていたエドマンドが、服を掴んで、男を床に投げ捨てていた。


「旦那様!」


 エドマンドの後を追って駆けつけてきた使用人達が、急いで男の遺体を廊下へ引きずっていく。


 駆け去っていく足音が遠のく。


 静寂に、アウレリウスの浅い呼吸だけが、やけに鮮明に響いた。


 ようやく身を起こすと、白かったシーツには、血が広がっている。


 エドマンドの手には濡れた剣。


「……エドマンド」


 アウレリウスは、もつれる足でベッドから飛び降り、エドマンドに抱きついた。


 侯爵は、それを片腕で受け止める。

 汚れた剣を持つ手を、アウレリウスから遠ざけるように背に回した。


「私が……、私が甘かった。

 アウレリウス、怖い思いをさせてしまった」


 アウレリウスは黙って首を振る。


 その晩、月だけが、

 そっと、その部屋に横たわっていた。




 問題が起きたその日、男はわざわざ人払いをしてアウレリウスの部屋に入った。

 そのことに違和感を覚えた他の使用人が、エドマンドに報せたことで、彼は守られたのだった。


 彼の“魅了”はあまりにも極端だった。


 人を恐れさせるかと思えば、引き寄せすぎる。

 畏怖、支配欲、庇護欲。 

 

 引き出されるものが、人によって大きく異なる。


 エドマンドは、城の使用人を整理した。


 彼の肌に直接触れる恐れのある世話は、エドマンド自身で行うこととし、使用人には一切の接触を禁じたのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ