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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第八章『永遠が始まった日』
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8-2 禁忌に触れた手

8-2 禁忌に触れた手


 エドマンドは、興奮を抑えられなかった。


 未だかつて誰も成し得なかった錬金術――

 しかも人体の生成に、ついに成功したのだ。

 胸の奥で暴れる歓喜を鎮めろという方が、どう考えても無理な話だった。


 彼の書斎は、いつも半ば閉ざされている。

 厚いカーテンの隙間から零れた光が、ペルシャ絨毯にゆるやかな明暗を落としていた。


 巨大な机の前に腰を下ろし、羊皮紙を引き寄せる。

 羽ペンを走らせ、震える指先で記録を取り始めた。


 重厚なマホガニーの天板には無数の細かな傷と、古い焼け跡。

 無秩序に並ぶフラスコ、金属製の秤、乾いた薬草と鉱石の瓶――どれも鈍い光を宿している。


 書き終えると、エドマンドは勢いよく立ち上がった。

 拍子に古い設計図が何枚も床へ滑り落ちる。

 だが彼は一瞥もくれず、そのまま背を向けて部屋を出た。




 アウレリウスの部屋に入ると、彼はベッドの縁に腰掛け、窓の外をぼんやりと眺めていた。


 エドマンドに気づくと、ふわりと微笑む。


「エドマンド、来てくれたんだ」


 陽を透かす淡い金の髪。

 使用人の手で丁寧に編まれ、柔らかく肩へ落ちている。

 白磁の肌は傷ひとつなく、アクアブルーの瞳は静かに澄んでいた。

 長いまつげ、湿りを帯びた頬、かすかに色づく唇。


 ――すべて、そう、設計した。


 柔和な気配。穢れを知らぬ無垢な心。

 完璧に、思い描いた通りの形。


 エドマンドは書き物机の椅子を運び、アウレリウスの前に据えて腰を下ろした。

 静かにシャツを脱がせ、その胸に耳を当てる。


 乱れのない鼓動。


 顔を離し、改めて観察する。

 顔色も、白目も、唇の色も良い。


 筋張った鎖骨。

 厚すぎない胸板。

 少年と青年のあわいにある、儚さを宿した肉体美。


 ――完璧だ。

 ――神々しいほどの、人の到達しうる極限の美。

 ――私は、やり遂げたのだ。


 シャツを着せ直す。その手が、ほんのわずかに震えた。


 ふいに、アウレリウスがその手を取る。

 生きた温もり。


「エドマンド、震えてるよ」


 顔を上げれば、青い瞳がまっすぐにこちらを射抜く。


「どうしたの?」

「……私は、嬉しいのだ。お前を生み出すことに成功して」

「そっか。エドマンドは嬉しいんだ。

 それなら、僕も嬉しい」


 アウレリウスは柔らかく微笑むと、軽く腰を浮かせ、エドマンドの胸に顔を寄せて腕を回した。


 思わず肩が震える。


 服越しに伝わる体温。

 人として創り出したのだから、あって当然のもの。

 それなのに――


 なぜか、触れることが、ひどく恐ろしい。


「僕も、エドマンドに会えて嬉しい」


 エドマンドは、その背にそっと手を添えた。


 温かい。

 彼は確かに、生きているのだ。




 アウレリウスは、はじめから言葉を話すことができた。

 寝食、排泄、歩行――最初に一度だけ教えれば、すぐに身につけてしまう。


「ホムンクルスは、創造主の知識をいくらか受け継ぐ可能性が高いと記されていたが……本当のようだな」


 書斎。

 アウレリウスを隣に座らせ、文字を教える。

 それも、吸い込まれるように理解していった。


 ――吸収している、というよりは。


「もともとある引き出しを、開けられるようにしている……そんな感覚に近い」

「引き出し?」


 文字を書いていたアウレリウスが顔を上げ、エドマンドを見る。


 手先も器用だ。

 彼の書く文字は、子どものそれではない。

 迷いのない筆跡は、大人の字と何ら変わらず――まるで、最初から文字を知っていたかのようだった。


(私の知識を、受け継いでいるから……?)


 ――だが、それだけでは説明がつかない。


「エドマンドの机には、たくさん引き出しがあるね。

 僕の机より、ずっと多い」  


 紙に視線を戻し、細い指がまた文字を生み出していく。


「エドマンドは、たくさん物を持っているんだ。

 物を持つのが、好きなのかな」


 ――柔らかい口調。


 エドマンドとも、使用人とも違う話し方。


 ――いつ、それを学んだ?


「アウレリウスは、好きなものはあるか?」


 アウレリウスは紙に文字を書いた。


 “GOLD”、

 それから、“BLUE”。


「エドマンドがくれた名前の色。

 それから、空と、森と、湖の色」

「……お前の瞳の色でもあるな」


 アウレリウスはエドマンドを見て、にっこりと笑った。

 そして、もう一つ文字を書く。


 ”GRAY”


「エドマンドの瞳の色。

 僕は、好きだ」


 ――濁った色。

 ――私が、嫌ってきた色。


 ――アウレリウスは、私とは異なる嗜好を持つ。


 色だけではない。


 エドマンドは肉を好まないが、アウレリウスはそうでもない。

 口を大きく開けて食べてはいけないと教えても、それだけは守れなかった。

 味覚は曖昧だが、

 食べることそのものを、楽しんでいるように見える。


 ――私とは、違う。


 膝の上に置いたエドマンドの手が、かすかに震えた。


 ――アウレリウスは、人間だ。


 意思を持ち、好みを持ち、感情を持つ。


 “実験体”などではない。

 本物の――人間なのだ。




 アウレリウスを部屋へ戻したあと、エドマンドは書斎で嘔吐した。


 錬金術による人体生成が禁忌であることなど、最初から知っていた。


 理解していた――はずだった。


 だが、

 それが「人を生むこと」だと、

 ここまで深く理解していなかった。


 ――その日から、エドマンドは塞ぎ込むようになった。



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