8-1 生まれた日
アウレリウスは目を開けた。
初めて見たものは、緑がかった灰色の瞳。
理知と狂気と、わずかな優しさを併せ持った、不思議な色の虹彩だった。
目の前に立つ男は、アウレリウスの顔を覗き込む。
「成功か……? 私がわかるか?」
「……あなたは?」
初めて聞く、自分の声。
男の瞳が、星をまぶしたように輝いた。
「……っ! 成功だ! 言葉もわかるなんて素晴らしい!」
灰の瞳の男の後ろには大きな窓があり、重いカーテンは締め切られている。その隙間から、青白い澄んだ光が層をなして部屋に落ちていた。
――あれはまだ、誰にも穢されていないものなのだ。
何故か、それがはっきりとわかる。
男は自分の胸に手を当ててみせた。上質な刺繍入りのウエストコートが鋭く光を返す。
「私は、エドマンド。お前の創造主だ」
「エドマンド……」
エドマンドはアウレリウスの青い瞳をまっすぐに見て頷く。
「お前はアウレリウス」
「……アウレリウス?」
低い男の声は、興奮したように少しだけ跳ねていた。
「そうだ! “黄金の”という意味だ!
人類が到達できうる限界の、最高の美を持つお前は、世界の王たる資格を持つんだ」
アウレリウスは少しだけ首を傾げた。
何かが背を撫でる。それが自分の髪であると教えられるのは、もう少し先のことだ。
エドマンドは大きな布を広げると、アウレリウスの肩にかけ、しっかりと前を合わせる。
肩に触れたその手は、大きくて、熱いくらいだった。
「なんて誇らしいんだ。この研究が実を結ぶ日が来るとはな」
エドマンドの瞳はまっすぐにアウレリウスを見ている。
だが同時に、ここではないどこかを見ているようにも感じられた。
――これは、グレイブハル城に住むアウレリウスが生まれた日。
その記録である。
アウレリウスには、その日から広い部屋が与えられた。
誰かの痕跡が少しだけ残るような、静かな部屋。
ベッド、書き物机、大きな本棚。
今はそれしかない。
大きな天蓋付きのベッドの縁に、アウレリウスは静かに座っていた。
まず、布に触れた。
それが眠るための場所だと教えられても、意味は分からなかった。
だが、指先が触れたリネンは冷たく、やがて体温を覚えた。
与えられた服は白いリネンのシャツに、淡色の膝丈ブリーチズ。
絹のストッキングに包まれた脚は、まだ外の土を知らない。
肌を包む慣れない感覚に、何度も胸のあたりに手を触れた。
使用人が何人もやってきては、部屋を整え、アウレリウスに服を着せ、髪を結っていく。
アウレリウスが立ち上がると、使用人たちはすっと道を開けた。
それを不思議に思いながら、書き物机へと近づく。
歩くと、まだ少しふらつく。
使用人がすぐ後ろをついてきた。
机の木目は川のようだ。引き出しには真鍮の取っ手がつき、鈍く光を返す。触れると冷たい。
視線を上げる。
部屋の奥には本棚。
本棚の匂いは遠い雨に似ていた。
何も知らないはずなのに、すべてを既に知っているような気がする。
アウレリウスはゆっくりと歩き、窓辺に寄った。
窓の構造を観察していると、すぐ横に使用人の一人が並び、窓を開けようとする。
音を立てて、世界が開かれる。
風が柔らかく頬を撫で、驚いて自分の顔に触れた。
青い空は果てを知らない。
深く波打つ森。
雪を纏う峰々。
甘い湖の香り。
人の住まう、まだ見ぬ街。
花が咲き乱れる庭園。
彼を、世界が一斉に包み込む。
アウレリウスは手を伸ばした。
指に触れる、この星の呼吸。
「きれい」
アウレリウスは、この時初めて、自ら言葉を発し、笑った。
この世界は、彼という新しい命に祝福を与えたのだ。




