7-8 『水のような日々』最終話
それから、また数日が経った。
アウレリウスが朝目を覚ますと、窓辺にたまった明るさが、水のように穏やかに揺れていた。
ゆっくりと身を起こす。
金の髪がシーツの上にこぼれた。
左脚をそっと持ち上げてみる。
わずかに口角を上げると、彼はベッドを降り、静かに、確かめるように床へ足をつけた。
松葉杖には頼らず、そのまま一人で何歩か進んでみる。
振り返り、まだ眠っているセティのそばへ。
屈んでベッドに肘をつき、その顔を眺めた。
前髪をそっとかき分け、少し迷ってから頬に手を添える。
確かな寝息。
穏やかな寝顔。
アウレリウスは立ち上がり、その額に短くキスを落とした。
はらりと落ちた髪がセティの顔にかかりそうになり、慌ててかき上げる。
もう一度だけセティを見つめてから、窓辺へ向かった。
軋む窓を開け放つ。
朝の匂いに湖の気配が混じり合う。夜はもう、ここにはない。
柔らかな風が、アウレリウスの髪をやさしく撫でた。
「世界は……今日も綺麗だね」
瞳を閉じ、澄んだ空気を思いきり吸い込む。
まだ違和感は残るものの、アウレリウスはすっかり調子を取り戻していた。
セティと朝食をとり、馬たちの世話をし、朝の掃除をする。
城は静かで、
光だけがゆっくりと部屋を渡っていく。
セティの影が廊下を通り、
アウレリウスの足音がそれを追った。
その後は書斎にこもり、久々に執筆へ向かう。
開けた窓から湖の匂いが紙に落ち、
ペン先が、ほどけた時間を結び直す。
いつもどおりの一日。
夜。
ローテーブルに燭台を置き、二人はいつものようにソファへ並ぶ。
「足が痛くないって、楽」
「……そうですよね」
アウレリウスはやわらかく笑うと、くるりと体の向きを変えてセティを抱きしめた。
セティは本から目を離さないまま、アウレリウスの腕に手を添え、ぽんぽんと軽く叩く。
「セティ」
「はい」
「……大好き」
「僕もです」
「セティは美しい」
「アウルもです」
「君の尊厳は、誰にも踏みにじらせてはいけない」
「……アウルも、です」
アウレリウスはそっと腕をほどき、静かに笑った。
「寝ようか」
「はい」
燭台を手に立ち上がると、セティは本をテーブルに置く。
二人は並んでベッドへ向かった。
サイドテーブルに燭台を置いたアウレリウスは、セティが自分のベッドの縁に腰掛けるのをきょとんと見下ろす。
「……なんです?」
「もう一緒に寝てくれないの?」
セティはわずかに眉を寄せた。
「治ったんですよね? 寝ません」
「えぇ……。
そっか……」
アウレリウスは以前のようにセティの前に立ち、彼を抱きしめる。
額に短くキスを落とした。
「おやすみ、セティ」
「アウル、おやすみなさい」
蝋燭に息をかけて火を消し、アウレリウスは静かに自分のベッドへ潜り込む。
かすかな呼吸と、青白い月光。
ふと衣擦れの音。
顔を向けると、セティがベッドから降り、アウレリウスの脇に立つところだった。
「……添い寝してくれるの?」
「しません」
セティは腕を伸ばし、アウレリウスの髪をやさしく撫でる。
少しだけ身を屈め、額へそっとキスをした。
ゆっくりと。
温もりを、そこへ置いていくように。
「おやすみなさい、アウル」
「……ふふ。うん、おやすみ」
静かに離れていく背を、彼がベッドへ戻るまで、アウレリウスはじっと見つめていた。
そして、そっと瞳を閉じる。
きっと今日も、優しい夢が見られる――そんな気がした。
―――
アルストリア王国。
王都オルドンのほど近く、湖のほとりに、
歴史あるグレイブハル城がある。
静かで、美しくて、
――どこか不思議な城。
そこには、美しい青年と少年がいる。
錬金術が遺したホムンクルスである彼らは、
人とはどこかが異なる。
それを悩みながら、
受け入れながら、
二人きりで、今日も静かに暮らしている。




