7-4 怒られる気がして
昨晩は、ずっと脚が痛かった。
痛すぎて、もはやどこが痛いのかも分からない。
眠っていたのか、起きていたのかも、曖昧だ。
それでも、痛みのピークは過ぎた。
朝、セティが動き出すのを見て、アウレリウスも起き上がろうとしたが、無表情のセティにじっと見られて諦めた。
セティは少し過保護だ。
髪を整えるのさえ、断られてしまった。
そのセティは朝から王都へ出かけていった。
多分、気を遣われている。
アウレリウスは、セティがベッド脇に置いた松葉杖を掴むと、ゆっくり立ち上がり、部屋を出た。
階段を降りる。
一段降りるたび、脚に鈍い痛みが跳ねた。
回廊を渡り、大ホールへ。
白大理石の巨大な部屋は、がらんとしていた。昨日使った脚立は片付けられている。思えば、掃除用具の類も、出したままだったはずだ。
セティが全て片付けてくれたのだ。
アウレリウスのため息が、部屋に大きく響いた。
――まったく、情けないな。
セティの見た目は十五歳くらいだ。
少年と言い切るには少し大きく、青年と呼ぶにはまだ早い。
背はアウレリウスより低いが、成人女性ほどはある。
力もないわけではなく、十五歳の少年としては、きっと平均的だ。
それでも――
なんとなく力仕事は、アウレリウスの分担にしていた。
自分ももしかしたら過保護なのかもしれない。
天井を見あげる。
苦労して磨いたシャンデリアは、美しく陽を弾いていた。せめてもの、救いだ。
大ホールを出る。馬の様子を見に行きたかったが、慣れない松葉杖で外に出る勇気はなかった。
また一つ、ため息を吐く。
回廊を戻る。少し疲れて、壁にもたれて窓を見上げた。
――セティはもう、王都に着いた頃かな。
また、せっせと歩いて上階へ。
書斎に入り、椅子に座る。
ふと、思い出して引き出しを開けた。
昔に手に入れたリボンを取り出す。
セティは深い緑のリボンしかつけさせてくれないから、他の色はしまい込んでいた。
セティの瞳の色はモスグレーに近い。冬の針葉樹林のような色。
静かで、知的で、幻想的だ。
光の加減で、緑にも、銀色にも見える。
いつまでも見ていたくなるが、それを実際にやると目をそらされる。
でも、彼は、モスグレーのリボンは好きではないようだ。
しれっといつもと違う色のリボンを使おうとしても、何故かセティにはバレる。
――なんで、わかるんだろう?
真顔で“それは嫌です”ってはっきり言う。
アウレリウスは小さく笑った。
セティはアウレリウスから見ると、変なこだわりがある。
――そういうところが、すごくかわいい。
閉城日でも絶対かっちりとジャケットを着込んだり。
羽はたきも、セティなりに前後を決めて使っているようだし。
朝食も食べる順番を決めている。
紅茶を一口、ソーセージを一口、それからスープの野菜を一口、最後にスープを一口飲む。必ずその順番。それを繰り返している。
「あはは! しばらくあれが見れないのはちょっと寂しいかな」
一人で笑った後、アウレリウスは小さく息を吐き、立ち上がって本棚の前に立った。
何冊か本を手に取る。脇に抱えて歩き出した時に、一冊落としてしまった。
「あぁ……。
今は、拾えないかな……」
仕方なく、それはそのままにして書斎を出て私室のベッドに戻った。
大人しく、後は本を読んで過ごすことにする。
歩き回ったことがバレたら、きっとまたセティに怒られる気がするからだ。
廊下から足音。
扉が開き、外の空気を纏ったセティが戻ってきた。
アウレリウスは本から顔を上げる。
「セティ、おかえり」
「はい、戻りました」
窓の外を見た。まだ随分と日が高い。
「今日は早かったんだね」
「はい……」
セティは部屋の中へと歩きながら、アウレリウスの手元の本を見ている。
「本、自分で取りに行ったんですか?」
「……うん」
「私室ではなくて、わざわざ書斎の本を?」
――バレてる。これは怒られるやつだ。
「……うん」
「……アウル」
「ごめんなさい」
セティはほとんど無表情だが、小さく笑った。
つられて、アウレリウスも少しだけ笑った。




