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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第七章『水のような日々』
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7-1 人と同じ朝


 アルストリア王国、王都オルドンのすぐ近く。


 湖のほとりに、古いグレイブハル城がある。


 静かで、美しくて――

 どこか不思議な城。


 そこには、美しい青年と少年が暮らしている。

 錬金術が遺したホムンクルスである彼らを、しかしこの世界の誰も知らない。


―――


 彼らの身体は、人とほとんど同じでありながら、やはりどこかが違う。

 その理由を、当の本人たちも知らないままだ。


 その朝、セティはいつも通りに早く目を覚ました。

 部屋には柔らかな光が満ち、彼が身じろぎするたび、衣擦れの音が静かに広がっていく。

 もう一つのベッドでは、アウレリウスがまだ寝息を立てていた。


 セティは音を立てぬように床へ降り、顔を洗い、着替えを整える。


 ホムンクルスである彼らも、眠りを必要とする。深い眠りと浅い眠りを繰り返し、日差しが満ちる頃に目を覚ます――夢だって見る。

 人と、大きくは変わらない。


 高襟のシャツのボタンを上まで閉め、テーラードジャケットを羽織る。

 緩めていた編み上げのブーツの紐をきっちり締め直し、セティはアウレリウスの寝顔をひと目だけ見てから部屋を出た。




 使用人用の台所で湯を沸かす。

 カタカタと小さな音が鳴り、白い湯気が立つ。ティーポットに湯を注ぐと、温かな匂いがふわりと広がった。


 セティは、“紅茶の淹れ方”を調べたこともある。

 だがアウレリウスは、どんな淹れ方でも「美味しい」と言う。彼は味覚が繊細なはずなのに、味そのものより――誰かが自分のために淹れてくれることを喜ぶ人なのだと、セティはもう知っていた。


 作り置きのスープを温め直し、ソーセージを焼く。

 パンと紅茶を添える。いつもと同じ朝食。


 ふと顔を上げると、扉のところにアウレリウスが立っていた。

 白いシャツの首元は緩く、青いカーディガンと細身のパンツはきちんとしている。うねる金の髪が、身体に沿ってゆったり揺れた。


「……セティ」

「アウル、おはようございます」


 歩み寄ったアウレリウスは、そのままセティを抱きしめる。


「おはよう。朝ごはんは一緒に作りたいっていつも言ってるのに、どうして待っててくれないの?」

「僕が先に目を開けたので」


 ――寝ているアウルを見ていると、触れたくなるので。


「作ってくれるのは嬉しいけどさ」

「冷めてしまいます」


 小さくため息をつき、アウレリウスはセティの額に短くキスを落とした。


「食べよう」

「はい」


 簡単に伝えられないことがあるのも、伝わらないことがあるのも、人と同じだ。


「あっ」


 セティが指を見つめる。

 ぽたり、と赤い雫が落ちた。


「テーブルがささくれていたみたいです。引っかけてしまいました……」


 アウレリウスは椅子を蹴るように立ち上がり、布巾を取って駆け寄る。

 指先に巻き付け、止血のようにぎゅっと結ぶ。


「アウル……大げさです」

「セティが痛いのも、身体が傷つくのも、僕が耐えられない」


 仰々しいほどの白い布。

 それでもじわりと赤く染みていく。


「指先は繊細だから、痛いでしょ?」

「……大丈夫です」


 見上げると、アウレリウスは眉を下げていた。




 食後、セティは布をほどく。

 そこにはもう、傷ひとつ残っていない。


「後でテーブルは補修しておくから、セティは触らないでね」

「はい」


 彼らは立ち上がる。


 ホムンクルスである彼らは、痛みを感じ、血も流す。


 ただ――治るのが、とても早い。


 人と同じようでいて、やはりどこかが違うのだ。



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