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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第六章『居場所のない街』
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6-8 『居場所のない街』最終話


 セティは羽はたきを持って書斎に入ると、カーテンと窓を開けた。


 柔らかな風がふわりと吹き込む。

 湖の甘い匂い。グレイブ川よりも澄んだ香り。


 金色の光が部屋を満たした。

 天井に届くほどの本棚。その背表紙の列に、光がわずかに弾く。


 セティは羽はたきを動かしながら、ゆっくりと歩いた。


 黒壇の大きな書き物机。

 並べられた道具の傍に、紙に包まれたままのトフィー。

 エリーがくれた、琥珀色のお菓子。


 あの日の夜から、ずっとここに置かれている。


 セティはトフィーには触れないようにして埃を払い、机を拭いた。

 一通り終えると、椅子に腰を下ろし、窓の外を眺める。


 二羽の小鳥が、戯れるように飛んでいた。

 目で追っているうちに、やがて視界の外へ消えていく。


 セティは小さく息を吐き、立ち上がって窓を閉めた。

 それから、静かに書斎を後にする。




 夜。

 ローテーブルの上の燭台が、橙の光をゆらゆらと揺らしていた。


 いつものように、二人は大きなソファに並んで座っている。

 セティは背筋を伸ばし、膝に本を置いて読んでいる。

 アウレリウスはセティに背を預けるようにして、新聞を開いていた。


「……ミストラッツって、なんだろう?」


 セティが顔を上げる。


「エリーが言っていた“ミストラッツのお客さん”のことですか?」

「そう」

「……エドガーさんと一緒にいた、金髪の人と関係があるのでは」

「あぁ……。調査局って言ってたね。

 そうかもしれない」


 そのとき、セティの肩にかかっていた重みが、ふっと消えた。


 アウレリウスは起き上がり、ぼんやりと蝋燭の炎を見つめる。

 そして、ふらりと立ち上がり、部屋を出ていった。


「……アウル?」


 返事はなく、扉が静かに閉まる。




 書斎で、アウレリウスは机上の燭台に火を灯した。

 橙の光が手元を照らし、壁に長い影を落とす。


 椅子に座り、机の上の包みを引き寄せる。


 そっと紙を広げる。

 かさり、と小さな音。

 中には、琥珀色のトフィー。


 指で摘み、灯りにかざす。

 光を透かしたそれは、どこか不思議な色をしていた。


 ハンカチの上に置き、包む。

 引き出しからナイフを取り出し、柄を当て、ほんの少し力を加える。


 ――コツッ。


 ナイフをしまい、ハンカチを開く。

 不揃いに割れたトフィー。


 アウレリウスは、ほんの少しだけ笑った。




 部屋に戻り、アウレリウスはハンカチごとトフィーを持って、セティの隣に腰を下ろす。

 蝋燭の炎は、変わらず揺れていた。


「セティ。一緒に食べよう」


 セティは本から顔を上げ、手元を見てから、アウレリウスを見た。


「あのトフィー……割ったんですか」

「……うん」


 一欠片をつまみ、セティの口に入れる。

 アウレリウスも、一つを口に運んだ。


「甘いね」

「はい。……少し、苦いです」

「ふふ……そうだね」


 蝋燭が、じじっと音を立て、炎が一瞬大きくなる。


「セティ」

「はい」


 アウレリウスはセティの手を取り、自分の頬に当てた。

 柔らかく、微笑む。


「……本当だ。少し、ほっとする。

 セティの手は、温かいね」


 セティの瞳が、わずかに揺れる。


 本を脇に置き、今度はセティがアウレリウスの手を取り、自分の頬に当てた。


 アウレリウスは、少しだけ目を見開く。


「……頬に触られるの、嫌いじゃなかった?」

「違います。そうじゃないんです」

「……そっか」


 アウレリウスは手を下ろし、しばらくそれを見つめる。

 それから、セティの緑がかった灰の瞳を見る。


「じゃあ……

 また、僕がセティの頬に触れても、いい?」


 澄んだ青の視線。

 セティはそれを正面から見られず、わずかに瞳を伏せる。


「……はい」

「そっか。良かった」


 アウレリウスは、ほっとしたように笑った。

 トフィーの甘い香りが、部屋にゆったりと残っている。


―――


 アルストリア王国。


 王都オルドンのすぐ近く、湖のほとりに、

 歴史あるグレイブハル城がある。


 静かで、美しくて、

 ――どこか不思議な城。


 ここには、美しい青年と少年がいる。


 錬金術が遺したホムンクルスである彼らは、

 今日もこの城で、

 二人きりで、静かに暮らしている。



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