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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第六章『居場所のない街』
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6-6 無邪気という特権


「私、遊びたいわ!」


 グレイブハル城、受付室の前。

 そう大きな声を張り上げた少女に、両親は思わず肩を揺らした。

 受付室にいたアウレリウスは、相変わらずにこにこと穏やかに笑っている。


「だめよ。ここはお城なのよ?

 調度品もたくさんあるし、走ったり遊んだりする場所じゃないわ」


 母親が腰を落として目線を合わせ、やんわりと諭す。

 だが少女はふいっと顔を背けた。父親は苦笑いを浮かべている。


「つまんないわ」


「でも……お城で遊ぶのは危ないよ」


 アウレリウスが優しく声をかけると、少女は一瞬だけ顔を赤らめ、ぽかんとした。

 だがすぐに、またぷいっとそっぽを向く。


「お願い。もう小さな子どもじゃないんだから、わがまま言わないでちょうだい」

「だって……」


 受付室のソファに座って様子を見ていたセティは、静かに立ち上がり、扉を出ると彼らの前に立った。


「庭園でしたら、走っても大丈夫です」


 そう言って小窓の方を見ると、アウレリウスと目が合う。

 彼は柔らかく頷いた。


「そうだね。あそこならいいかも」


 少女の顔がぱっと輝いた。


「でも……それは……ご迷惑では……」


 困惑する両親の声をよそに、少女はその手を振り切り、セティのもとへ駆け寄る。

 そのまま、迷いなく彼の手を取った。

 セティはぎょっとして、自分の握られた手を見る。


「お兄さんも、綺麗なお顔なのね。

 何歳なの?」

「え……」


 一瞬、視線で助けを求めるようにアウレリウスを見るが、彼はただ楽しそうに微笑んでいるだけだった。


「……十五、です」

「そう。私、十歳よ。

 お父様とお母様がお城を見ている間、遊びましょ?」

「え……はい」


 母親は両手で顔を覆い、父親も深くうなだれた。


「本当に申し訳ない……」

「……いえ。見学、楽しんできてください」


 アウレリウスも変わらぬ笑顔で手を振る。


「二人とも、楽しんできてね」




 グリーンガーデンに着くなり、少女は勢いよく駆け出した。


「こっちよ! 見つけて!」

「え……」


 セティは一瞬立ち尽くし、緑に満ちた庭園を見渡してから、小さく息を吐いた。

 そして諦めたように、走り出す。


 高い空。

 少女の笑い声が、いつもは静かなグレイブハル城によく響く。

 ライラックの葉が揺れ、庭園そのものがどこか楽しそうだった。


 追いかけては見つけ、また逃げられる。

 それを何度か繰り返し、セティが少し疲れて立ち止まった瞬間――

 少女は回り込むようにして、背中からぶつかってきた。

 抱きつかれそうになり、セティは慌てて距離を取る。


「あははは! お兄さん、うぶなのね!」

「……うぶとは、違うような……」

「疲れちゃった! 休みましょう!」


 彼女はそう言うと、さっさとベンチへ向かう。

 セティも少し遅れて、その後を追った。

 距離を空けて、並んで座る。


「楽しかったわ! ありがとう!」

「……いえ。どういたしまして」

「女の子なのに落ち着きがないって、よく言われるの。

 仕方ないわよね」


 彼女は、誰が見ても裕福だと分かる身なりをしていた。

 手の込んだフリルのワンピース、艶のある靴、整えられた髪。


 セティは、ふと空を見上げる。


 その時、遠くから少女を呼ぶ声がした。


「見学、終わったみたいだわ」


 彼女は跳ねるように立ち上がり、振り返って笑った。


「帰るわ! お兄さん、ありがとう!」

「……はい」


 セティは、その背を見送った。




 受付室に戻ると、アウレリウスは楽しそうに笑っていた。

 金の髪は相変わらず柔らかく光っている。


「セティがあんなに驚いたり困った顔してるの、初めて見たかもしれないよ。あはは」

「……アウル」

「あははは。セティ、かわいい。大好き」


 セティは大きく息を吐き、ソファに腰を下ろす。

 アウレリウスも隣に座り、カップを差し出した。


「お茶を淹れて、少し冷ましておいたんだ。喉、乾いたでしょ?」

「……僕も、アウルが大好きです」

「あはは! それは良かった」


 冷めた紅茶を一口飲む。

 呼吸が、ゆっくりと落ち着いていく。

 さっきまで賑やかだった城は、もうひっそりと静かだった。


「あの子と、エリーは……同い年くらいかな」


 アウレリウスが、ぽつりと呟く。


「あの子は、無邪気でした」

「エリーとは、少し違ったね」

「……はい」


 セティはカップを両手で包む。

 ひんやりとした感触が、指先の熱を奪っていく。

 衣擦れの音。

 アウレリウスは立ち上がると、セティの前に立ち、額に短くキスを落とした。


 何も言わず、小窓の前の机へ戻っていく。



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