1-5 受付室の午後
数日後。
アウレリウスは、受付室の小机の前に座り、肘をついて小窓の外を眺めていた。
玄関ホールの扉近くに、後から増設された部屋。
グレイブハル城の灰色の石に合わせた色味で壁を組んではいるが、やはりどこか、この部屋だけが浮いている。
室内には、毛足の長い絨毯。
小ぶりの二人掛けソファと、簡素な暖炉。
小窓のそばには机と、鍵付きの小さな金庫。
狭いが、居心地のいい空間だった。
開城日、アウレリウスはここで掃除をしたり、受付に座って執筆をしたりして過ごす。
グレイブハル城は、開城日だからといって人が溢れるわけではない。
見学料は少し高めで、下位貴族や裕福な庶民が、知的な娯楽として訪れる程度だ。
追加料金でアウレリウスかセティが案内をすることもできるが、こちらも高額で、労働階級の人間には手が届かない。
来てほしいが、何度も通ってほしいわけではない。
だから、この値段にしている。
それでも、“グレイブハル城を見学した”という事実だけで箔がつくのだから、人間というのは不思議なものだ。
小窓の外、青空に浮かぶ雲がゆっくりと流れている。
近くに湖はあるが、ここからは水の音もほとんど届かない。
城には、音がない。
ときどき、鳥のさえずりが聞こえるくらいだ。
アウレリウスが受付室にいるあいだ、セティは城の掃除をしていたり、ソファで本を読んでいたりする。
今日は、先日王都で買った新聞を広げていた。
今回は、エドガーの記事は載っていない。
そうそう大きな裁定ばかりを担当するわけではないのだ。
――どうにも今日は、ペンを取る気になれないな。
アウレリウスは小さく息を吐き、引き出しから日記帳を取り出して眺める。
「日記さん、今日は誰も来なさそうだよ」
今日も、開かない。
アウレリウスは、ほんの少しだけ笑った。
「やっぱり君は、僕とはお話したくないみたいだね」
表紙を優しく撫でて、日記帳を引き出しに戻す。
席を立ち、セティのいるソファへ向かう。
隣に腰掛けると、クッションが沈む。
それでもセティは、膝の上の新聞から顔を上げない。
いつものことだ。
アウレリウスは、セティの肩にそっと頭を乗せる。
「セティ」
「はい」
「日記って、必要なのかな。セティは、忘れちゃったことある?」
「わかりません」
「それもそうか。忘れちゃったら、何を忘れたのかも、分からないかもね」
二人は老いを知らない。
それに、人よりも記憶力がいい。
だから、日記を書かなくても、覚えていられる。
――覚えている、と、思っている。
長く、長く生きてきた。
記憶を抱え続けるのは、案外、重たい。
忘れたいことを上手に忘れるほうが、難しい。
彼らは、そう思っている。
「セティ、あの日記さん、僕にはお話したくないみたい」
「……そうですか」
「でも、お話したい人がいるみたいなんだ。
だから、明日、王都に行こう」
「はい」
馬車の音がした。
「お客さんかな?」
アウレリウスは立ち上がり、セティの前に立つ。
少しだけ腰をかがめ、彼の額に短く口づけた。
セティが見上げ、そっと手を伸ばす。
アウレリウスは、その指先に自分の指を軽く触れさせ、微笑んで小窓へ向かった。
「こんにちは。見学かな?
一人六銀だよ。二人だから、十二銀だね」
セティは、アウレリウスの背中を静かに見つめる。
そして、彼が触れた指先を見つめ、そっと自分の唇に当てた。
視線を落とし、また新聞に目を戻す。
「セティ、案内に行ってくるね」
「はい」
顔を上げないまま、そう答える。
受付室の扉が閉まると、セティはゆっくりと視線を上げ、アウレリウスが歩いていった方を見る。
しばらく、ただ見つめてから、新聞を畳み、小窓の前の机へ移動した。
空は、変わらず青い。
何も音を生まない城に、見学者の声が響く。
セティはそっと目を閉じ、
その中から――アウレリウスの声だけを探した。




