6-1 権威の書架
アルストリア王国、王都オルドンのすぐ近く。
湖のほとりに、古いグレイブハル城がある。
静かで、美しくて、
――どこか不思議な城。
ここには、美しい青年と少年が暮らしている。
彼らは、錬金術が遺したホムンクルス。
だが、それを知る者は、この世界には誰もいない。
―――
グレイブハル城は、かつて、
――侯爵エドマンド・ヴァレイン卿の居城だった。
王に近く、法の外縁に立つ者の城。
王都から程近く。
それでいて都市の喧騒からは切り離された地。
湖は空気と水が澄み、景観に優れたこの土地に建てられた城は、まさに権威の象徴だった。
しかし、歴史の流れの中で、その侯爵家は名を消してしまった。
グレイブハル城は、そんな遺構なのである。
―――
グレイブハル城のライブラリーは、奥まったところにあった。
両開きの重い扉を抜けると、まず目に入るのは、天井まで届く書架の列。
深色の木で組まれた棚は、等間隔に並び、そのすべてに革装丁の書物が隙間なく収められていた。
赤、緑、群青、黒。
金の箔押しで刻まれた題字。
飾り縁の施された背表紙。
内容よりもまず、“並んでいること”そのものが意味を持つ蔵書だった。
大判の歴史書、哲学全集、自然学の叢書。
実際に読み込まれた形跡のある本は少ない。
この部屋は、知識を得るためではなく、
この城が“知を所有している”と示すための場所だった。
中央には長い閲覧卓が置かれている。
天板は磨かれ、椅子は背もたれが高い。
上質で、少しだけ不親切な家具。
高窓から落ちる光が、書架の金文字を淡く照らし、埃一つない空気の中に、かすかな紙と革の匂いが漂っていた。
アウレリウスは、一冊の本を手に取った。
彼の白い指が、表紙をなぞる。
パラパラとページをめくると、ろくに読みもせずに、元の場所に戻した。
アウレリウスはライブラリーを見渡す。
彼の金の髪が柔らかく陽を返すと、威厳と絢爛さに満ちたこの部屋でさえ、どこか空気が和らぐようだった。
彼は、個人の書斎には籠るが、ライブラリーにはあまり足を運んだことがなかった。
貴族の城として、見栄えのよい部屋ではある。
だから見学順路にも組み込んではいた。
アウレリウスは窓際に置かれた肘掛け椅子に腰を下ろし、背もたれに体を預けるようにすると、結局ライブラリーの本ではなく、書斎から持ち込んだ本を開いた。
「……珍しいですね。ここにいるのは」
背後から声がして、セティが近づいてくる。
アウレリウスは顔を上げ、微笑んだ。
「何となく、来てみようかなって思って」
セティは一瞬、書架を見回し、それからアウレリウスの隣に腰を下ろした。
アウレリウスはそっと腕を伸ばして、セティを抱き寄せる。
「……その本はいつもの本ですよね?」
「うん」
セティの視線を受けてアウレリウスは小さく笑った。
「ここの派手な本は、ちょっと緊張して」
「そうですか」
この城は、かつて、権威の象徴だった。
アルストリア王国の階級社会の存在を思い知らせる、富と力が、ここにはあったのだ。
権威のために作られた部屋の中で、
ただ二人分の呼吸だけが、静かに重なる。




