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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第五章『静かな憧憬』
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5-8 『静かな憧憬』最終話


 王都に行った、その日の夜。


 アウレリウスは開け放した窓の縁に腕を置き、外を眺めていた。

 満月が静かに、横たわる夜を支配している。

 微かな風の音と、水の匂い。


 背後で衣擦れの音がして、振り返るとセティが立っていた。

 垂れ目がちな灰の瞳に、丸い月が映り込んでいる。


 アウレリウスは、にっこりと笑った。


 少しだけ身を屈め、セティの膝裏に腕を通す。

 そのまま、横抱きにして持ち上げた。


「……え?」


 セティが、思わず小さな声を漏らす。


「……うわ。重たい! 僕には無理かも!」


 アウレリウスは声を立てて笑った。

 セティは理由が分からず、固まっている。


 ローテーブルの上では、燭台の火がゆらゆらと揺れていた。


 アウレリウスはわずかにふらつきながらソファまで歩き、セティをそっと降ろす。

 至近距離で目を合わせ、ふっと笑う。


 それから、何事もなかったように、隣に腰を下ろした。


「あの……アウル?」


 灯りが、アウレリウスの横顔を柔らかな橙に染めている。


「恋愛小説って、こういうんじゃないの?」


 セティは、わずかに眉を寄せた。


「……別に僕は、お姫様になりたいわけではないんです」


 アウレリウスはきょとんと目を見開き、それから眉を下げて、また少し笑った。


「あ、そうなんだ。

 ……お姫様抱っこ、嫌だった?」


 セティは、アウレリウスの青い瞳を見つめ、小さく息をつく。


「……楽しかったような気がします」


 アウレリウスは、嬉しそうに笑った。


「あはは! じゃあまたやろうね!」

「…………」


 ひとしきり笑うと、アウレリウスはローテーブルに置いていた新聞を手に取り、広げた。

 セティも、手にしていた本を膝の上に置き、開く。


 開け放した窓では、カーテンが風に揺れている。

 二人の呼吸と、紙をめくる音。


 ろうそくが、小さく鳴った。


 しばらくの間、二人はただ、静かに文字を追っていた。


「……僕はやっぱり、彼が好きだなぁ」


 セティが顔を上げる。


「……エドガーさんですか?」

「うん。

 でも……だからこそ、彼にだけは、僕は近づけないんだ。

 拒絶されたら、怖いから」


 新聞に目を落としたまま、アウレリウスはつぶやく。


「あの人は、きっと拒絶しませんよ」

「そうだよね。多分。でも……」


 ――僕たちは、人とはやっぱり、どこかが違うから。


 アウレリウスは、ふっと新聞から顔を上げた。


「僕も、セティが読んでた恋愛小説、読んでみようかな」

「だめです。絶対貸しません」


 セティは、淡々とページをめくる。

 アウレリウスは、その横顔を見つめた。


「……そっか」


 一度だけ首を傾げて、何事もなかったように、また新聞に視線を戻す。


 二人だけの、静かで、穏やかな夜。

 満月だけが、この時間を知っている。


―――


 アルストリア王国。


 この世界に、魔法はない。


 法と理が守る世界。

 ――そう、人々が信じている世界。


 だが、誰も知らない秘密はある。


 王都からほど近い、グレイブハル城。

 湖のほとりに建つ、風光明媚で、歴史ある静かな城には、美しい青年と、少年がいる。


 錬金術が遺したホムンクルスである彼らは、

 今日も、二人だけで、静かに暮らしている。



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